安定成長期
中空糸
発明技術開発の概要
(1)人工腎臓
一般的に血液透析に用いられる中空糸膜の素材は再生セルロース膜と合成高分子膜に分類されるが、当初、主に用いられていたのは前者である。再生セルロースが用いられやすい理由としては、尿毒症物質の除去効率が高いこと、医療器材として安全性が高いこと、大量生産が容易であるため低コストでの使用が可能であること、などが挙げられる。1857年にセルロースが銅アンモニア溶液に溶解されることが発見されてから再生セルロースの工業化が進められてきたが、1974年に旭化成が銅アンモニア法再生セルロース中空糸透析膜を用いた透析器を世界で最初に上市した。透析器の種類としてはコイル型、積層型、中空糸型が存在していたが、コイル型は血流の分布に欠点があるために現在では使用されていない。また一部では積層型が使用されているものの、ほぼ全ての場合において中空糸型が使用されている。前節で述べた通り、透析は患者の血液を体外に取り出してから透析器を用いることで老廃物の除去・電解質の濃度調整を行った後に再度体内に循環させる治療法である。その際、1万本程度の中空糸を内蔵した透析器を用いて中空糸の外側に透析液を流し、内側に血液をそれぞれ逆方向に流して血液側を加圧することにより、分離膜を通して老廃物を外側の透析液の中に拡散または濾過して排出させる。図3及び図4にセルロース中空糸膜透析器の製造工程及び血液透析の原理を示す。
図3 セルロース中空糸膜透析器の製造工程
出典:繊維学会編『産業用繊維材料ハンドブック』(日刊工業新聞社、1994年)182頁
図4 血液透析の原理
出典:加藤哲也、向山泰司『やさしい産業用繊維の基礎知識』(日刊工業新聞社、2011年)208頁
なお、人工腎臓で培われた血液の体外循環技術は血液浄化技術として発展し、各種難病の治療に多大な貢献をなしてきた。さらには献血された血液中から様々な血液製剤を製造する段階でウイルスを除去する際にも、旭化成の中空糸膜(製品名「プラノバ」)が用いられている。この膜は現在、全世界のほぼ全ての血液製剤工程で使用されており、血液製剤を介したウイルス感染防止に貢献している。
(2)逆浸透膜
図5のように半透膜を通して真水と食塩水を接触させると、真水(低濃度の溶液側)から食塩水側(高濃度の溶液側)に水が移動して水頭差が生じ、高濃度の溶液側の液面が高くなり平衡状態に達する。この際に生じる圧力差が浸透圧である。この浸透圧よりも大きな圧力を濃度の高い側にかけると、濃度の高い溶液側から低い溶液側に水が半透膜を透過して移動する。これが逆浸透の原理であり、この際に用いられる半透膜が逆浸透膜である。第2節でも見たように、逆浸透膜は特に孔径の小さなイオン等の成分も分離することが可能である。また相変化や化学変化がないため効率的に物質を分離することができ、かつ副生物を発生させないため環境にも配慮した分離方法であると言える。
図5 逆浸透の原理
出典:加藤哲也、向山泰司『やさしい産業用繊維の基礎知識』(日刊工業新聞社、2011年)209頁
1973年にデュポン社が世界で初めてポリアミドを素材とした中空糸型逆浸透膜モジュールを開発したが、これは1回海水を処理した後に再度処理するという方法でしか飲料水を生産することができないものであった。東洋紡が開発した三酢酸セルロースを用いた中空糸逆浸透膜モジュールは1回の処理で飲料可能な水を生産することを可能にするものである。
また、三酢酸セルロースを用いた中空糸型逆浸透膜モジュールの特徴として、塩素への耐久性が高く塩素殺菌処理により微生物のモジュール内での抑制が容易であるため、ポリアミド系のそれと比較すると微生物が膜に詰まるなどの現象が起こりにくい、中空糸膜であるために平膜型と比較すると膜面積が約10倍大きいため膜面への汚れの負荷が小さく、膜面が汚れにくい、プラント稼働中の逆浸透膜エレメントの管理が可能である、といった特徴がある。中東地域の海水は塩分が高くかつ温度も高いため、微生物が発生しやすく、膜が目詰まりし破損しやすい。そのため海水淡水化プラントにおいては膜表面の汚れの抑制と洗浄のしやすさも顧客がどの企業の膜を導入するかの要因となる。他社の平膜の場合には洗浄に高価な酵素を利用する必要があるが、東洋紡の中空糸膜であれば汎用的な塩素で殺菌でき、洗浄も容易であるため、プラントが稼働していない時間も短縮できる。したがって、ランニングコストを考慮すると、中東地域の顧客にとって三酢酸セルロースを用いた東洋紡の中空糸膜を採用する十分な理由が存在するのである。図6は中空糸型逆浸透膜のモジュール構造を示したものである。
図6 中空糸型逆浸透膜モジュール構造
出典:熊野淳夫「海外における海水淡水化事業」「PETROTECH」34巻10号(石油学会、2011年)689頁
(3)クリンスイ
クリンスイに用いられているポリエチレン中空糸膜は、膜厚全体が均質構造を有する分画特性の優れた多孔質膜である。ポリエチレン、アイソタクティックポリプロピレンなどの結晶性高分子は、溶融押出しし、高ドラフト比(巻取り速度と吐出線速度の比)で引き取ると、ラメラ結晶が引き取り方向に配向積層した構造をとる。この構造体はハードエラスティック挙動を示し、通常の弾性領域を超えた大きな変形領域(数十パーセント程度の延伸)においても、高い弾性回復性を示す。この大変形過程でクレーズ(結晶界面剝離による細孔)が形成される。このクレーズ形成のメカニズムは延伸過程でまず構造的に弱い非晶部が引き伸ばされ、さらに、ラメラの解除も生じてミクロフィブリルを形成しながら、ラメラ間隙に微細孔を発生させることで説明される。
延伸変形により形成されたクレーズあるいはそのクレーズを更に拡大させた微細孔構造を熱固定することにより、膜材料としての価値が生まれる。このような物理延伸方向に配向したスリット状の細孔構造が特徴的である。
ポリエチレン中空糸膜はもともと疎水性(水をはじく性質)を有するため、表面に親水化ポリマーを塗布して恒久的な親水性を付与しており、乾いた状態でも容易に水を通すことができる。
この中空糸膜を浄水器に初めて商品化したのは、三菱レイヨンで1984年に第1号の商品を上市している。
現在では、中空糸膜方式の浄水器は一大市場を形成し、水道水の異臭味対策などの定番商品として消費者に認知されており、2015年の全国平均普及率は40.5%になっている。浄水器を使用形態で分類すると、蛇口直結型、据置き型、アンダーシンク型(ビルトイン型)、ポット型の4タイプとなる。主流の浄水器は、中空糸膜を搭載した蛇口直結型である。
中空糸膜浄水器は、全量濾過方式で水道水を濾過するものであり、活性炭部分と中空糸膜部分の直列配列からなるカートリッジの形態を取っている。活性炭部分でカルキ臭の分解、臭気成分(カビ臭など)や微量の有機ハロゲン化合物の吸着除去が行われる。中空糸膜部分では、細菌や藻類などの微生物をはじめ、赤水の原因となる水酸化第二鉄や粘土質などの微粒子が除去される。
クリンスイでは、親水化タイプの中空糸膜が用いられており、JIS規格の細菌補足性能試験方法により無菌の濾過水を達成できることが確認されている。
近年では、対象とする除去物質に最適な濾材と中空糸膜を組み合わせた高機能の浄水器の需要が伸びており、中空糸膜は安全志向、健康志向等の顧客ニーズに応じた浄水器技術に貢献している。