公益社団法人発明協会

現代まで

QR コード®

イノベーションに至る経緯

(1)バーコードから2次元コードへ

 第一次石油危機を経た1970年代後半、それまでの高度成長がもたらした大量生産、大量消費型の経済構造は急激に多品種少量重視のそれへと転換しつつあった。デンソーと関係の強い自動車産業においても、納品はそれまでの週単位から日単位となり、毎日の納品のたびに作成される伝票等の書類処理作業等も急増した。手作業での処理ではミスも多くなり、デンソーは“かんばん”(トヨタ生産方式で用いられた製品管理用のカード)にバーコードを取り入れてモノとコンピューターの情報の一体化を提案した。

 一方、80年代に入るとスーパーマーケットやコンビニエンスストアでは、バーコードを駆使したPOSシステムが普及し、その読み取り機は店舗の増大に合わせて増加していった。読み取り機を生産していたデンソーにとってこれらの旺盛な需要は、一つの産業規模とも呼べるまでになった

 90年代に入ると、バブル経済の破綻が明白になり、デンソーの主たる取引先である自動車産業をはじめ多くの現場では、多品種少量生産により、きめ細かな情報処理体制が求められることとなり、扱われる情報量はバーコードの限界を超えるものとなりつつあった。POSシステムで扱うバーコードの数字数は12ケタほどであり、そもそもバーコードで扱える情報量の限界は数字20ほどまでであった。しかし、必要とされる情報量はこれを上回るようになりつつあった。そのため、バーコードを複数並列させて読み取る方式などが実施されるようになってきていたが、この方法では読み取り時間が遅くなり、決して効率的とはいえなかった。また、バーコードでは扱えなかった漢字を読み取ることや、EDI(企業間の電子取引)においても、それが年々活発化する状況下であるにもかかわらず、規約によって定められた標準的な伝票には、漢字が使用できず、こうした課題を克服できる新たなコードの要求が強まっていた。バーコードを上回る情報量の多い2次元コードの開発は米国では既に始まっていたが、日本の産業界の要求を満たすものは完成されていなかった。1992年、デンソーは、原昌宏と渡部元秋の2名にこの新たなテーマの開発をゆだねることとした。

(2)QRコード®の誕生

 2次元コードは、バーコードが横方向(1次元)にのみ情報を持つのに対して、縦と横の2次元に情報を持たせたものである。当然多くの情報を収めることが可能になるところから、デンソーで本開発を担当した原は、「当時他社が開発していた2次元コードは、情報をたくさん入れることにとらわれていた」と回顧している。当時存在した2次元コードの多くは、コードへの情報収容能力にこだわり、その読み取り処理スピードが遅く、生産現場の要求にこたえきれていなかったのである。このため原たちの開発チームにとって一番の課題は、どうしたら高速でコードを読み取れるかという問題になった。

 これを解決したのがコードに位置情報をつけるという考えであった。そして、それを実現したのが2次元コードに四角い形の印「切り出しシンボル」を入れて、読み取り機に対してここにコードがあるというメッセージを明確にするものであった。切り出しシンボルの比率を読み取ることでどの方向から走査線が走ってもコードの位置が明らかになる仕組みであった。しかし、その比率はありふれたものでは有効ではない。唯一無二の比率を求めて原たちは数多くの印刷物の白黒比率を調査し、一番使われていない比率として1:1:3:1:1であることを突き止めたのである。(図1参照)

図1 ファインダパターン

図1 ファインダパターン

出典:デンソーエスアイホームページ<http://www.denso-si.jp/dictionary/dic_qr/images/GeneralDescriptionoftheQRCode.pdf>

 開発プロジェクトがスタートして1年半、1994年、数字で約7000文字、漢字の表現も可能という、大容量でありながら他のコードより10倍以上のスピードで読み取ることができるQRコード®が誕生した。これは、また汚れや破損などにも復元力を持たせたコードであった。

(3)QRコード®の普及

 QRコード®の開発後、デンソーはまず多くの企業、団体にその紹介を行い普及の促進を図った。最初にQRコード®を採用したのは小物を扱うことの多い文具協会であったという。次いでコンタクトレンズ業界やアパレル業界が取り上げ、そして自動車・自動車部品業界の「電子かんばん」にQRコード®が採用された。さらに、食品業界が注目し採用した。この時期、BSE問題などによって「食の安全」は国民的関心事であったから、トレーサビリティの要請にQRコード®の持つ機能は極めて有効であった。

 QRコード®が広く使用されるようになったのは、デンソーが、この特許の使用を広く一般に開放したことが大きく寄与していると思われる。デンソーは、開発初期からこのような方針を決めていたが、開発後もQRコード®に関する保有特許について、規格化されたQRコード®については権利行使をしないと決めて、明言したのである。この結果、QRコード®はオープンコードとして安価で安全な技術として普及していった。

 21世紀に入ると、QRコード®はそれまでの企業の生産、流通管理の手段であったものから、更に拡大し、直接個人による使用分野にも展開するようになった。J-フォン(現・ソフトバンク)が2002年、初めてシャープ製端末でQRコード®読み取り機能をプレインストールした携帯電話を発売し、2003年にはデジタルカメラを組み込んだ携帯電話が複数の社によって一斉に発売されたことから、携帯電話でのQRコード®使用が広まるところとなった。これによってインターネットサイトへのアクセスが簡単になり、また、名刺への応用や電子チケット、クーポンでの活用など生活の様々な局面で利用されるようになった。

 規格面でも、開発後わずか3年で1997年には自動認識業界の規格であるAIM規格(国際自動認識工業会)に制定され、1999年には日本工業規格(JIS)、日本自動車業界EDI標準取引帳票の標準2次元シンボルに採用された。そして、2000年にはISOの国際規格として定められている。

(4)21世紀のQRコード®

 QRコード®は、その後も大きな進化を遂げている。1997年にはそれまでのQRコード®のセルサイズを大幅に縮小したマイクロQRコード®を開発した。これは当初のQRコード®は切り出しシンボルが3つあるため、セルサイズを「21セル×21セル」以下にできなかったのを、切り出しシンボルを1つにして最小セルサイズを「11セル×11セル」にしたものである。狭いスペースでの使用を可能にした。2007年には、プライバシーの保護に考慮した「SQRC」を開発し、読み取り制限機能を搭載することにも成功している。2008年には円柱にも対応できかつ長方形化も可能な大容量のiQRコード®が開発されている。

 QRコード®は、今や勤怠管理システムから入退出システム、帳票管理システムなどビジネス上の情報管理に利用されるとともに、空港でのチケットやお店のクーポンなど、人と情報をつなぐ情報化時代を代表する便利なコミュニケーションツールを提供している。日本で開発されたユビキタス社会を支える一つの優れたイノベーションである。


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