公益社団法人発明協会

安定成長期

X線フィルムのデジタル化

発明技術開発の概要

(1)FCRの概要

 X線とは、物質に対して透過力を持つ波長の短い電磁波である。この透過性は物質の構造や厚みによって変化するため、透過性の違いがもたらすコントラストによって、人体内部の画像情報を得ることが可能になる。従来のX線写真では、X線像を感光する写真フィルムが、X線像の記録・表示・保存の役割を担っていた。他方で FCRでは、これら3つの機能を分解し、それぞれの機能に最適な以下の3つのデバイスに分担させている。

 

イメージング・プレート

 FCRでは、X線情報をイメージング・プレートと呼ばれる高感度の画像センサーに記録する。このイメージング・プレートには光輝尽性発光現象2を示す特殊な蛍光体の結晶粒子が塗布されており、これによって結晶に記録されたX線情報を光に変換することができる。この光輝尽性発光現象は、1889年にフィリップ・レナードによって発見された現象であるが、長らくこの現象に関する研究は停滞し、またこの現象を利用した実用的なシステムも開発されていなかった3。そのため富士フイルムでは、光輝尽性発光現象を示す蛍光体の材料探しを行う必要性が生じた。材料の探索と実験、改良を繰り返し、2年半もの期間を経て、最終的な基本組成(BaFBr:Eu2+)が決定された。

 

画像読み取りシステム

 画像読み取りシステムは、X線情報が蓄積されたイメージング・プレートにレーザーを当てることによって生じる光輝尽発光を電気信号として取り出すものである。画像情報を読み取るスキャナーについては、高速処理の必要性から従来のドラムスキャナーに代わって、超精密光走査型平面スキャナーが必要とされた。しかし、平面スキャナーを用いる際に問題が生じた。それは、集光性の問題であった。蛍光は拡散しやすいため、通常のレンズでは放射される発光の数%しか集光できない。そのため、イメージング・プレートからの光輝尽発光を漏れなく集めるために、アクリル板の一方の端面を直線とし、他端を丸く曲げた集光ガイドが作られ、この問題は解決された。

 

画像処理アルゴリズム

 三つ目のプロセスは、スキャナーで読み取られた電気信号を、コンピューター処理によって診断用の画像情報に変換するものである。当時のコンピューター処理能力が限られていたため、膨大な画像情報を短時間で処理することには限界があった。しかし、デジタルX線診断システムが従来のX線画像に慣れ親しんできた放射線診断医に受け入れられるためには、画像診断の向上と短時間処理の両立を実現したアルゴリズムの開発が必要であった。

 そこで、富士フイルムは1976年に、4人の放射線診断医とともに「診断面像研究会」を開いた。これは、放射線診断医にコンピューター処理をした画像を見てもらい、フィードバックをもらうためのものである。これによって、どのような画質や処理速度であれば十分に診断が可能であるかという知識が蓄積されていった。こうして、X線画像診断システムを用いるユーザー(医師)にとっての利便性・有用性という観点から、画像処理の洗練化がなされていった。

 

FCRの原理

FCRの原理

画像提供:富士フイルム

(2)CXDIの概要

a-Siの研究開発 -TFTスイッチ素子から光センサーヘ-

 TFTディスプレイの原理は、背面光源からの光を、TFT(Thin Film Transistor)によりスイッチングさせながら液晶面を透過させることにある。カラーフィルターを液晶面に重ねればカラーTVにもなる。1980年代半ばには、こういった研究開発が行われていた。a-Si研究においては、ディスプレイ応用だけではなく、光センサーへの応用を模索しており、長尺の光センサーの研究開発を行っていた。具体的には、a-Si薄膜上に金属電極を二つ形成(コプラナー型)し、電極間にバイアスを印加した状態で、電極間のギャップ面(a-Si表面)に光を照射すれば、その光量に応じた光電流が流れる。光量に対する光電流のリニアリティが出るように金属電極下のa-Si膜にはオーミック層としてn型の層を挿入してあった。しかしながら、オーミック層の挿入によっても光量に対する光電流のリニアリティが十分ではなく、暗電流も大きくかつ不安定である特性をもつ素子であった。これらの特性の問題を解決するために、コプラナー型光電変換素子の電極間のa-Si表面層の配下に、ポテンシャルを制御する電極(ゲート電極)を設け、問題を解決した。この電極構成はゲート、ソース、ドレインの3電極を有するいわばTFTと全く同じの構成である。つまり、TFTはスイッチ素子であるとともに、光で照らせば光センサー素子として機能することが分かった。これを「TFT型センサー」とキヤノンでは名付けた。

 

医療用光センサーの開発

 TFT型センサーは、従来のコプラナー型センサーに比べてリニアリティやS/Nに優れていたが、当時は医療用X線に対しては十分なスペックとは言えなかった。半導体光センサー素子で一般に使われるPN構造またはPIN構造を採用しようとしても、a-Si薄膜においては特にp層の成膜が当時としては難しく、たとえp層の成膜が形成できてもダーク電流の大きさが課題であった。そこで微弱な信号に対しても十分なS/Nが確保できる光電変換素子を模索し、研究開発を行った。TFTにバイアスを印加し、TFTのa-Si層への光照射時と非照射時の容量測定において、光によって生成したキャリアにより容量が変化する。この変化を利用し、キャリアを検出することで、光電変換素子として活用できないかという発想が技術者から持ち上がった。ガラス基板側から、金属層、絶縁層、真性半導体層、n層と積層していく構造である。一般的には、MIS (Metal-Insulator-Semiconductor)型の構造である。

 この構成は、光が真性半導体層で光電変換されることにより発生した電子を、電極間に印加された電界により電極側に移動させ、信号として取り出すことができる。PIN型と異なる点は、p層ではなく絶縁層(注入阻止層)を有する点である。発生した電子が信号として取り出される一方、電子と対で発生した正孔キャリアが絶縁層(注入阻止層)界面にたまっていくため、以降の光電変換を繰り返すためには、一度たまった正孔を逆バイアスでリセットするプロセスが用いられた。

 TFTと同じ簡単な層構成で光電変換素子を形成し、駆動を工夫することで、X線から変換した微弱な光でも検出できるようになり、さらには、この高感度化により、フィルムを使用した場合に比べ撮影の際のX線被ばく量を低減することができるX線画像診断装置が実現した。

 なお、最初に発売したCXDI-11は胸部や腹部などを立位撮影する据置型だったので、胸部や腹部以外の撮影にも利用できるラインナップを拡充するため直ちに可搬型のDRの開発が行われた。製品としては4.8kgを達成し、2003年にCXDI-50Gとして世界初の半切カセッテDRが発売された。耐荷重、耐落下の仕様に耐え、かつ軽量である構造を実現させる技術は、一枚もののセンサーと、マグネシウム合金であった。当時はセンサーパネルの製作できるサイズが技術の進歩とともに加速的に大きくなっていった時期で、また、マグネシウム合金も当時は射出成型できる限界の大きさであった。

CXDI-50G

CXDI-50G

画像提供:キヤノン


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