公益社団法人発明協会

高度経済成長期

座席予約システム

イノベーションに至る経緯

(1)座席予約システム開発の始まり

 我が国鉄道に座席指定方式が採用されたのは、新橋-下関間に特別急行列車が誕生した1912年に遡る4。当時の座席予約業務は、始発駅と列車に乗務する列車長5に限られていた。しかしながら、座席ごとに予約する業務は非常に煩雑であったことから、一時、車両だけの指定に改められたこともあったが6、終戦後には広く採用されるものとなった。

 1950年に米国を視察した国鉄電気局の小田達太郎は、米国では座席予約が中央の予約台帳によって一元管理されていることに注目した。その後通信課長となった小田は、通信と制御の理論である「サイバネティクス」を国鉄に導入することを考え、外部の有識者を含むRC(Railway Communications)委員会を立ち上げた。この際、国鉄の持つ自前の通信網のデータ通信への利用が注目されることになる。当時、電電公社の電話回線をデータ転送に使用することは制限されており、オンラインシステムを構築することができるのは、自前の通信インフラをもつ国鉄や電力会社等に限られていた。このため、可能性のひとつとしてオンラインによる座席指定システムも考えられていた7

 当時の国鉄では、1月、4月、8月の多客期の月平均乗車効率は120%を超え、座席を確保できる特急の利用が人気を集めていた8。特に1961年のダイヤ大改正により昼行あるいは夜行の特急列車によるネットワークが一気に拡大し、指定席を設定する特急列車等が急増し、その利用者も増加していた。当時、国鉄が一日に提供する特急座席指定券や寝台券は約7万席に達していたが、この作業は、全国17カ所に設置した「乗車券センター」で回転台などを使った台帳管理を行い、各駅からの予約申し込みに応じて電話で処理するものであった。このため予約できる座席数等が増加するとともに、これを処理する要員の確保と電話回線の増設を必要とし、センター相互間の連絡事務が複雑になるものであった。このため、この作業にコンピュータの利用を考えるのは自然な流れであった。

 その後、座席予約システムの研究は、鉄道技術研究所(現「鉄道総合研究所」、以下「研究所」と呼ぶ)の穂坂衛のグループにより推進されることになる。このグループは第二次世界大戦中に航空機の開発を行っていた研究者が中心となっており、それまで研究所本流の分野ではなかったことが、オンライン・リアルタイムシステム研究への抵抗も少なかったといわれる。1952年に米国へ留学した穂坂は、帰国後、サイバネティクス理論の勉強会を立ち上げ、英文資料の輪講を開始した。そこで、米国ではTeleregister社により航空機の予約システムが開発されていることや9、リアルタイムシステムが注目されていることを知ることになる10

 一方、当時、急速に増加する自動車輸送及び航空機輸送の状況から、いつまでも鉄道の需要があるかという議論も起こっていた。国鉄内では大量高速輸送機関として「安価」で「快適」でかなりの「速さ」でかつ「必ず座って移動できる」サービスを提供することができれば、鉄道の未来は悲観的ではないとする意見が大勢となり、東海道新幹線の建設をはじめとする輸送力の増強、車両の改善が進められるとともに、オンライン予約システムの意義が認識されるようになる。

(2)MARS1の誕生

 当時の国鉄が検討していた予約システムは、米国の航空会社等が検討していたシステムとは異なるものであった。それは予約を「定員」で区切るのではなく「座席を指定する」ことである。600人以上を乗せ、全長が300mもの列車の複数の乗車口を持つ列車では、車両及び座席を指定しなければ、駅及び列車内での旅客誘導が難しく、混乱を引き起こす可能性があった。特にグループ旅行ではあらかじめまとまった席が望まれていたことから、国鉄では座席を指定して予約する方式を採用した。単なる予約ではなく、「前売り方式」である点も異なるものであった。予約と同時に座席指定券や寝台券を販売する方式を採用するためには、単に予約台帳の管理をコンピュータ化するだけでなく、発券業務や料金管理業務についてもシステムで対応できることが求められることになる。この結果、開発されるシステムは完全な「オンライン・リアルタイムシステム」であることが必要となった。

 1957年、現状調査が開始され、研究所では論理回路やパルス伝送の実験が開始された。調査の結果、国内ではオンライン・リアルタイムシステムに対応できるコンピュータがないことが明らかとなり、米国からコンピュータBendix G15Dを輸入した。これ用いて、穂坂らはそのアーキテクチャとマイクロプログラミングを習得し、この知識が新しいシステムの開発のベースとなった。国鉄本社は、東京-大阪間の新しいビジネス特急の座席予約システムをつくることを決定したのもこの年であった。

 国鉄本社が開発するシステムに求めた仕様は、一日4列車、端末を備える国鉄の駅21、端末の応答時間は3秒以内であった11。これに対応するものとして次のシステムデザインが穂坂らにより提案された。①隣り合った停車駅間の列車の座席データは2つのブール式、すなわちビットパターンで表され、一方は利用できるかどうか、他方は新規かどうかを示すものとし、磁気ドラムに記憶する。②大きなビットパターンを高速に扱うために、磁気ドラムの一部を循環遅延線として使用する。③制御シーケンスの生成は配線により行う。④システムは信頼性を高めるために二重化する。

 国鉄本社はこの提案を受け入れ、この設計をもとに装置の製作を日立製作所に発注した。ハードウエアの製作は1959年夏までに完成し、記憶媒体に磁気ドラムを使用したことからMARS1(Magnetic-electronic Automatic Reservation System 1)と命名された12

 完成した装置は、東京駅構内の電算室に設置され、ランニングテストを開始した。予約操作を行う端末装置は、東京駅、上野駅、有楽町駅、新橋駅、渋谷駅、新宿駅、横浜駅などに10セットが配置され、電車特急列車「こだま」4列車、3600座席、15日分の予約を扱うものとして、1960 年1 月に運用が開始された。世界で初めての鉄道の座席予約システムの誕生であった。同じ年の6 月には「つばめ」が追加され、翌年2 月には大阪駅、名古屋駅にも端末機が設置された。

 MARS1のサービス開始からの10カ月の稼働率は99.86%以上を確保し、方式設計、回路設計が適切であり、保守体制も十分であったことが示された。MARS1は1963 年10 月まで運用を続けた13

 同じ時期、近畿日本鉄道(以下「近鉄」と呼ぶ)は日本電気(以下「NEC」)とともに自社の座席予約システムの設計・開発を行っていた14。近鉄の座席予約システムもMARS-1のサービス開始の2月後の1960年4月に運用を開始した。このシステムでは、上り下りそれぞれ80列車を運行日の5日前から20カ所の駅又は旅行代理店で照会、発売、払戻しの処理を3秒で行うことが可能であった。このシステムは、回線として近鉄のもつマイクロ回線網の電話1回線を用い、搬送電子方式によりすべての端末と中央装置を結んでいた15

MARS101

MARS101

画像提供:鉄道情報システム

(3)後継機の開発

 MARS1が予想以上の高信頼性と高性能であったことから、国鉄は直ちに全国の列車を対象とし、座席指定券の印刷から審査、統計まで含めた予約関連業務全般のコンピュータ化を目指すこととなった。MARS1はシステムとして既に最適化されていたため、全国を対象とした座席予約システムの開発には、新しい概念の導入が必要であった。穂坂は既に研究所を離れ、東京大学に移っていたが、穂坂の提案によりマルチプロセスの機能分散方式システムが採用されることとなった16

 新しいシステムの検討は1960年に始まり、一日100列車、3万席を扱うよう設計された我が国で初めての本格的なオンライン・リアルタイム情報処理システムであった。1961年に国鉄はその製作を日立製作所に発注したが、すべてが新しく開発するものであったため、開発業務は当初計画よりも大幅に期間を要し、MARS101の中央処理装置が東京の国鉄秋葉原センターに設置され、サービスを開始したのは1964年2月となった。その後、扱う列車は徐々に増加し、1965年末までには250列車、13万座席となり、鉄道通信回線を持つ国鉄の駅は全国で150以上となった。

 この時期、国鉄は「みどりの窓口」の開設を計画していたが、そのため、新幹線5座席の取扱いも可能なシステム「MARS102」が開発され、1965年10月に開設した全国152駅の「みどりの窓口」に導入された。この結果、この年の末には238列車12万7000座席・8日分の予約の自動化が完成した。

(4)座席予約システムがもたらした効果

 MARSシステムの実現は、座席の利用効率の向上、窓口事務の合理化がもたらされ、同時に、旅客に対しては、最寄りの窓口で即座に希望する指定券が購入できるものとして、「みどりの窓口」の社会インフラとしての評価を一層高めるものとなった。またMARS101の中央処理装置として開発された日立製作所のコンピュータHITAC3030は、その後、全日空の座席予約システムや東海銀行の為替交換システムなどのオンラインシステムに使用された。また近鉄の座席予約システムを開発したNECは、その経験を生かして、次の日本航空の座席予約システムにおいてプログラム記憶方式のNEAC-2230を中心とする新たなシステムを開発した。

 コンピュータを通信回線と結合して即時処理を行うオンライン・リアルタイムシステムの実現は、今日に至る世界のコンピュータ市場での我が国技術の発展に極めて大きな影響を与えたものとされている17


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