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内視鏡

イノベーションに至る経緯

 日本人の国民病とも言われているがんによる死亡者数は、年々増加傾向にある(がんによる死亡者数の推移を後掲図1に示した)。その原因には、高齢人口の増加や食事の西欧化に伴う肉食の増加、あるいはストレスや運動不足などが考えられる。がんの診断及び治療において、現在大きな存在感を発揮しているのが、内視鏡と呼ばれる医療器具である。そしてその内視鏡を世界で最も生産している企業が、オリンパスである。以下では、内視鏡の意義と歴史について確認し、オリンパスの内視鏡に対する取組の経緯とその後の発展を拡大内視鏡の開発を例にとって述べる。最後に、内視鏡の普及について触れる。

(1)内視鏡の意義

 内視鏡とは、文字通り人体の“内”部を“視”ることを目的とした医療機器である。一般的な内視鏡は細長い形状をしており、体内に挿入することによって人体内部の映像を映し出し、医師はそれを視ながら診断をすることができる。ほかにも、内服薬のように口から飲み込むだけで消化管の診断をすることができるカプセル内視鏡というものも存在する。医療用内視鏡の最大の目的は、がんの診断及び治療である。従来では、がんの治療には開腹手術が主流であったが、現在では早期がんであれば、大半が内視鏡を応用した腹腔鏡手術1である。また、大腸がんに関して言えば、進行がんを含めて50~70%を腹腔鏡手術で行っているという2

 内視鏡を用いたがん治療には様々なメリットがあるが、これらのほとんどは「低侵襲医療」という一つの言葉に集約することができる。低侵襲医療とは患者の負担を少なくする医療法のことである。従来の開腹手術では、傷口が大きく術後に大きな痛みを伴い、また腸閉塞の危険が高まる。さらに、術後の回復にも時間がかかり、このことは患者の医療費負担が高まることを意味している。その一方で内視鏡治療では、手術時間は開腹手術よりやや長くなるものの、手術後の疼痛は少なく、入院期間も短い。また、検査と治療を同時に行うことができることから、検査と同時に内視鏡の先端に処置具を取り付け、悪性のポリープや早期がんなどの病変があれば切除することができる。

(2)内視鏡の歴史

 内視鏡ががんの診断・治療において主流になりつつあるのはここ数十年のことであるが、「人間の身体の中を何らかの器具を使ってのぞいてみる」という内視鏡の起源をたどると、それは古代ギリシア・ローマ時代にまで遡ると言われている3。ただし、現代的な内視鏡のルーツとも言えるべきものは、1805年にドイツの医師ボッチニによって製作された導光器である。これは金属製の筒を尿道や直腸、咽喉などに挿入し、ランプの光によって内部を観察するものであった。1853年にはフランスの医師デソルモによって膀胱・尿道鏡が作られ、この時初めてエンドスコープ、すなわち内視鏡という言葉が用いられた。

 その後、1877年にドイツの医師ニッツェによって製作された膀胱・尿道鏡によって内視鏡の技術は大きな進展を始める。これは、外筒の先端に水冷式の白熱白金線の光源装置を設け、レンズ系を用いて画像を導くというものであり、今日の実用的な内視鏡の原型となっている。当時の内視鏡は硬性鏡であったために、診断時に患者が痛みを感じることが多く、食道や胃のような一部屈曲した体腔内を経て到達する臓器の観察には不向きであった。1932年に、ドイツの開業医であったシンドラーが軟性胃鏡を完成させたことによって、多少の屈曲が可能にはなったが、限定的なものであった。

 内視鏡の技術を飛躍的に発展させたのは、1950年に開発された胃カメラであった。これは、東大分院外科の宇治達郎がオリンパスの協力を得て完成させたものであり、「GT-Ⅰ」という名称で販売された。胃カメラの原理は、体腔内に挿入される軟らかい管の先端部に超小型カメラ(撮影レンズ及び幅5mmのフィルムからなる)と、撮影用の豆ランプを取り付けたものである。フィルムの巻き上げや豆ランプのフラッシュなどを手元操作部から遠隔操作できるようになっている。しかしこれに関しては、当初は目的どおりの胃内の撮影が極めて難しく、また器械の故障も頻発したため、本格的な実用化には至らなかった。技術的な困難さから成果は容易に上がらず、オリンパス内では撤退も真剣に考慮されるまでになった。一方、宇治の後を受けて、東大田坂内科(現第1内科)の崎田、芦沢を中心とするグループはこの胃カメラの開発の重要性を認識し、胃カメラ研究会を設立し、医学面から精力的な研究を進めるとともに、オリンパスの研究を支援し続けた。この研究会が内視鏡の発展に果たした役割は非常に大きく4、現在では日本消化器内視鏡学会へと発展している。この大学とメーカーとの連携とフィルムのカラー化をはじめとする長期の技術開発等によって、1960年、標準型と言われるV型胃カメラが開発され、これが契機となって内視鏡は急速に普及を始めた。

宇治達郎による臨床実験

宇治達郎による臨床実験

画像提供:オリンパス

 胃カメラの登場は体内に機器を入れて撮影するという点で画期的なものであったが、まだ大きな課題があった。それは、体内をリアルタイムで見られないことであった。そのため、患部に焦点を当てて撮影するということが難しく、医師自身が胃カメラの撮影技術を身につける必要があった。この課題を解決したのは、1957年米国で誕生したファイバースコープである。これは、グラスファイバーを多数本束ねたファイバーバンドルを光の伝達手段として用いるものであり、これによって軟性鏡が曲がった状態でも画像伝送が可能になった。ファイバースコープの誕生を受けて、オリンパスは1964年に胃カメラとファイバースコープを一体化させたファイバースコープ付胃カメラ「GTF」を発売し、医師がリアルタイムで患部を見ることを実現した。これによって、医師自身が胃カメラの撮影技術を身につけなくても容易に検診することができることとなった。さらに、このファイバースコープの登場は、挿入部の太さの選択、視野方向の選択、鉗子チャネルの具備化など、スペックの選択に大きな自由度をもたらした。このことは、単に適用臓器を拡大することに貢献しただけでなく、「診断」のみならず「治療」を行うこともできるようになったという点で、飛躍的な発展をもたらすものであった5

 現在では、このファイバースコープに代わってビデオスコープ(電子スコープ)が主流となっている。ファイバースコープは接眼部を覗いて診断するのに対し、ビデオスコープはテレビモニター上で画像を観察することができる。ファイバースコープが登場した際に既にビデオスコープの原理は知られていたが、先端部に組み込めるほどのテレビカメラ、いわゆるCCD(電荷結合素子)の登場によって、この技術は完成に至った。このビデオスコープは、1982年に米国によって発表され、オリンパスはこれを取り入れて1985年に内視鏡ビデオスコープシステム「EVIS-Ⅰ」を販売した。このビデオスコープは、医療現場を更に大きく変えた。すなわち、複数の医師が同じ画像情報を得て、患部の状態を判断できるようになったため、診断の精度が飛躍的に向上したからである。例えば、大腸の腹腔鏡手術は一人の医師の施術ではなく、複数の医師がモニターを見ながら行うチームプレーであるため、ビデオスコープがなければ不可能な手術なのである6

ビデオスコープ「EVIS-1」(1985年)

ビデオスコープ「EVIS-1」(1985年)

画像提供:オリンパス

ファイバースコープ付き胃カメラGTF(1964年)

ファイバースコープ付き胃カメラGTF(1964年)

画像提供:オリンパス

(3)内視鏡の普及

 内視鏡はそれまでの医療環境を大きく変えた。オリンパスは現在内視鏡の分野において、世界の市場シェア70%という驚異的な成果を挙げている。現在では内視鏡の修理等を行うオリンパスのサービス拠点は世界6大陸200カ所を超えるまでになっている。

 近年は更なる先端的な内視鏡の開発に取り組んでいる。内視鏡の先端に小型の超音波振動子を装備して体腔内より超音波信号を発信することでがんの深達度を測ることができる超音波内視鏡や、口から飲み込むことで消化管の検査を行うことができるカプセル内視鏡などである。

 

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