公益社団法人発明協会

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ウォシュレット®

イノベーションに至る経緯

 TOTOの会社としての歴史の淵源は明治維新にまで遡るが、衛生陶器への取組は大倉和親(以下「大倉」と呼ぶ)によって、日本陶器が創設された1904年以降に本格化する。後にこの日本陶器の衛生陶器部門として独立したのが東洋陶器である。大倉は、積極的に海外での衛生陶器の情報を収集するとともに、1912年にはその製造研究のため会社内に研究所を設立して製品開発に取り組んでいる。1917年には日本陶器の衛生陶器部門として独立した東洋陶器が、福岡県北九州市小倉北区に設立され、その初代社長に大倉が就任した。炭鉱地帯の燃料入手の容易性とアジアでの需要を見越しての九州での本社立地であった。

 当初の需要は、細々としたものであった。転機は関東大震災によって被害を受けた東京の大手ビルなどでの大量需要の発生とその後の都市化による衛生陶器への需要の拡大、そして、戦後は進駐軍からの大量発注と、朝鮮特需が発展を支えてきた。この進駐軍からの受注を契機に1946年からは水栓金具の自主製造を開始している。

 1960年代の高度経済成長期に入ると、住宅公団の洋式トイレ導入もあって、一般家庭でも広く水洗の衛生陶器が利用されるようになってきた。全国の水洗化率は、1963年から1973年の10年間で、9.2% から31.4% にまで一気に上昇した。特に、東京都では、30.9% から67.8% と、3分の2以上の住宅で水洗化が行われた。

 東洋陶器において、後のウォシュレット開発につながる取組が始まるのも、この高度経済成長期のことである。水洗化率アップの動向を受けて、衛生陶器の各メーカーが市場の急拡大に対応をみせる中、東洋陶器は従来の衛生陶器に付加価値を与える新たな機能に着目する。すなわち、1964年12月、米国のベンチャー企業、アメリカン・ビデ社が販売していたシート型温水洗浄便座「ウォッシュエアシート」を輸入し、東洋陶器で販売を開始した。また、1967年にはアメリカン・ビデ社とライセンスイン契約を結び、ウォッシュエアシートの国産製造及び販売を開始した。しかし、ウォッシュエアシートは湯温が安定せず、かつ操作も複雑であったため、主な販売ターゲットは高所得者や医療用に限定されていた。加えて、同時期には同業他社も洗浄便座の開発に着手し始めており、国産第1号の温水洗浄便座は、1967年10月に伊奈製陶から発売された「サニタリーナ61」である。しかし、これはなお本格的普及には至らなかった。

 1969年7月、商標が「Toyotoki」から「TOTO」に変更され、翌1970年3月には東洋陶器は東陶機器に社名変更された。TOTOは単なる陶器製造会社ではなく、水栓金具など機器との複合的製品のメーカーであることを示すものであった。そして、東陶機器は、この時期、便座暖房機能を付加したシート型洗浄便座を生産開始した。しかし、水の温度や水の方向が不安定といった問題が出現し、その解決にはなおしばらくの時間が必要であった。

 1978年夏、TOTOは消費者を対象にトイレのイメージに関する調査を行った。その結果は、「紙を使わないで済むトイレ」や「臭わないトイレ」を望む声が多かった。「消費者は、快適な空間をトイレに求めている」、TOTOの商品開発部は本格的な洗浄便座の開発を決定した。膨大なデータの収集から実験による試行錯誤が続いた。その開発の概要は次節で詳述する。

発売当初の広告

発売当初の広告

(画像提供:TOTO)

 1980年6月、ウォシュレットが発売された。当初、ウォシュレットは口コミで広められた。飲食店やデパート、ホテルや公共施設にウォシュレットを納入することで、利用者の拡大が図られた。そして、1982年、ウォシュレットの知名度は一気に上昇する。午後7時のゴールデンタイムと呼ばれる時間帯に、「おしりだって、洗ってほしい」というコピーとともに、タレントを起用したウォシュレットのテレビCMが放映されたからである。そもそもウォシュレットという名称は、「これからは(お尻を)洗う時代です。洗いましょう」と呼びかける「レッツ・ウォッシュ」を逆さにしたものであったとされる。したがって、テレビCMは、こうしたウォシュレットのコンセプトと付加価値を直接消費者に伝えることに有効な方法であった。しかし、当時はマスメディアでトイレの広告を掲示することはタブーとされていたため、放映後は視聴者からの抗議が殺到した。しかし、広告の担当者は「みなさんは、今、食事をされています。それと同じくらい排泄も尊い行為です。ウォシュレットは暮らしを快適にする商品です。自信と誇りを持って作っています」と説明したという。その後、クレームはほとんどなくなった。

 知名度が上がって以後、1983年にはビデ機能、ノズル先端のヘッド部を水で洗うセルフクリーニング機能を備えた「ウォシュレットGⅡ」と、「ウォシュレットSⅡ」が発売された。さらに、1986年にはウォシュレットの米国販売が開始される。そして、同年11月には、ウォシュレットの販売数は100万台を突破した。発売開始後25年を経過した2005年には、累計出荷台数2000万台を達成したという。


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