アンケート投票トップ10
新幹線
発明技術開発の概要
新幹線に用いられている技術は多様なものであるが、ここでは車両関係、軌道関係と運行システムについてその開発の概要を説明する。
(1) 車両の開発
国鉄及び小田急における高速電車の開発が新幹線用車両の開発に大きな役割を果たすことになった。
新幹線用車両についても、最初に焦点となったのは車両の軽量化であった。車体はスチール製の平行柱構造で、1.6mm厚の外板が採用された。材質は、アルミニウム合金も検討されたが、耐久性の点で採用されなかった。構造は、筋違構造も検討されたが、採用されなかった。台車の軽量化に関しては、車軸に高周波焼き入れ技術が用いられた。試験から量産、営業開始に至る過程において、車内外の気圧差の問題が新たに浮上した。この一つが「耳ツン」問題18であったが、これは客室を気密構造とすることにより解決された。
窓ガラスも高速運転に向けた開発の焦点となった。量産車では、ガラス3枚から構成される複層ガラスが採用された。外側は5mmと3mmのガラスを0.3mmのフィルムをはさんで接着した合わせガラスとされた。その内側に6mmの空気層をはさんで5mmの強化ガラスが配置されている。試験段階では外側のガラスは1枚だったが、万一バラストなどがぶつかってもガラスが飛散しないように合わせガラスに変更された。内側も、試験段階では普通ガラスだったが、量産車では強化ガラスに変更された。
高速運転により、騒音や安全性の面でパンタグラフの形状も焦点となった。そこで、流体力学に基づく菱形の翼面形状やカバーが新たに開発され、0系新幹線から採用された。
試験車両
画像提供:久保 敏
(2) 振動低減技術の開発
①蛇行低減技術
振動に関する研究開発は、1946年に運輸省鉄道総局と研究所を中心に設置された「高速台車振動研究会」により行われていた。この研究会にはかつて海軍航空技術廠に在籍し、航空機の振動現象の解析を研究していた研究所の松平精(以下「松平」と呼ぶ)19が参加していた。当時、鉄道では高速になると振動が激しくなり、脱線する「蛇行動」現象が知られていた。古くからの鉄道技術者たちは蛇行動の原因をレール側にあると考えていたが、根本的な原因究明に至っておらず、高速運転に向けて大きな課題であった。
松平はD51形の脱線事故を分析し、蛇行動現象は車両側に原因があることを見いだした。松平は、他の元航空技術者とともに模型車両転走試験装置を作って実証し、鉄道技術者を納得させた。この試験装置は、零戦のフラッター試験から着想を得ていた。その後、試験装置は実物の車両を載せて時速300km走行を再現できるようにスケールアップされた。これは、後の新幹線開発にも活用されるものとなった。
②空気ばね
自動高さ調整弁によりばねの高さを荷重状態に関係なく一定に保つことができる車両用空気ばねの開発は、研究所で1955年に開始された。当時、米国で自動車用の空気ばねが開発され、バスに使用されたということは雑誌等に紹介されていたが、その詳細は明らかとなっていなかった。このため、研究所では独自の考え方により鉄道車両用空気ばねの開発に取り組み、1958年にその実用化に成功した。この技術は、東京-博多間の寝台特急「あさかぜ」及び東京-大阪間の特急電車「こだま」に採用された。この成功により、空気ばねは日本の鉄道車両の特徴の一つともなった。
さらに、1960年頃からは、空気ばね自身に横方向のばね作用をさせる試みが行われるようになった。新幹線用の試作台車にもこの方式を採用することで検討が行われたが、初期のベローズ型空気ばねは致命的な問題を抱えていたことから、住友金属・住友電工との共同研究により、1962年にダイアフラム型空気ばねを開発することに成功し、この問題を解決した20。
(3) 軌道技術の開発
新幹線は従来の鉄道と全く切離して、また道路との交差のないものとして設計された。軌間は世界標準ゲージの1435mmを採用している。軌道技術では、PC(プレストレスト・コンクリート)まくら木や1500mロングレールが開発された。これらの開発を主導したのは、星野陽一を中心とする研究所の軌道構造班であった。高速運転のための軌道構造を研究するこの班では25の研究テーマについて研究が進められた。
さらに、踏切をなくすることとしているため、路線の大半は土路盤と高架橋となった。橋梁は、富士川橋梁のようにシンプルで安定したトラス構造が多く使われた21。
新幹線で新たに開発された軌道の技術として、1500mのロングレールがある。基本的なレール長は25mだが、ロングレールは基地で200m程度に溶接され、敷設現場で更に1500mに溶接される。これにより、継ぎ目から車体への衝撃や振動負荷が減少した。さらに、PC(プレストレスト・コンクリート)まくら木も開発された。PCまくら木とは、芯にピアノ線や鋼棒が入ったコンクリート製のまくら木である。これにより、高速走行に耐える強固な軌道となり、しかも保守点検作業の軽減にも寄与した。
(4) 運行システムの開発
時速200km/hでは、運転士が地上の信号機を目視確認し、ブレーキなどを操作することは難しくなることから、地上信号ではなく車内信号が用いられる。さらに、常に前方の列車との間隔を保つ自動制御装置が必要となる。そこで、特に新幹線のためのATC、CTCなどの運行システムが開発された。
1957年5月に研究所創立50周年記念講演会で、当時信号研究室長であった河邊一は、そのころ実用化され始めたAF(可聴周波)軌道回路とA形社内警報を組み合わせることによって、全エレクトロクス式のATCを開発することが最も好ましいと説明し、以降この方向で研究を続けることにより電源同期によるSSB-AF式の現示ATCが開発された22。河邊もまたかつて陸軍で風船爆弾や機雷探知機を研究していた。
東海道新幹線に用いられたATCは車内信号方式と呼ばれるもので、地上からの信号が絶えず車上に受信されており、地上の信号が変化すると車上の信号も変化し、即応できるものであった。ATCは速度を複数段階に分けて順に低下させて最後に停止させるものであるが、東海道新幹線のATCは210、160、110、70、30そして停止の6段階が用いられた。210km/hで走行中に先行列車に接近し、160kmの区間に侵入すると、1.8秒後に車内信号の現示が210から160へ変わり、同時にベルが単打される。そして、更に1.5秒経過すると自動ブレーキが実際に操作し始める。トランジスタによる6段階の速度制御は世界で最初のものと言われている。東海道新幹線に用いられている軌道回路は、研究所で研究され、国内の交流電化区間で広く採用されている我が国独自のAF軌道回路を新幹線用の架電電源に同期させるなど新たに開発したものが導入された。
新幹線用のCTCは、東京の総合指令所において全区間の列車の状況を把握し、これに基づいて停車場内の分岐器及び信号を操作するものである。従来のCTCは単線区間の経費削減を主目的に採用されていたが、東海道新幹線へのCTC採用は、列車密度の高い複線区間に適用しても効果は少ないというそれまでの常識を変え、列車運行の集中監視、信号設備の故障監視、列車追越しの制御といった新しい効果を証明した画期的なものであった23。また、それまでのCTCが列車速度も遅く、伝達情報量も少ないものに使用されていたことから情報伝達遅延が問題となることはなかったのに対し、新幹線では高速で短周期の符号通信とその耐久性が必要であった。このため、電子回路による符号通信の開発が行われた。実用化された論理回路は、トランジスタによるデジタル回路方式を採用し、動作の信頼性を向上させるため、主要部は三重系とし多数決論理を採用された24。
(本文中の記載について)
※ 社名や商品名等は、各社の商標又は登録商標です。
※ 「株式会社」等を省略し統一しています。
※ 氏名は敬称を省略しています。