安定成長期
ポリエステル合成繊維(シルク調等)
発明技術開発の概要
(1)ポリエステル工業化の始まり
1957年に開発された当初より、「テトロン」については、その品質・物性上の特徴である「ウォッシュ・アンド・ウェア」(洗濯をしてからアイロンを当てずとも着られる)、「イージーケア」(手入れが容易である)という便利さが、多くの消費者に好まれた。このように、「テトロン」は優れた性質を持っていたものの、染色性の問題を抱えていた。そのため、ポリエステルは綿混紡の製品として、学生服やワイシャツにその市場展開を限定していた。例えば、合成繊維メーカーにおいては、「ワイシャツ用で、<テトロン>65%、綿35%というのが、それぞれの繊維の特性を最大に生かすものとされ、<テトロン>の使用者である大手紡績企業と協力しながら、その最適な混紡率を見いだし、ポリエステル繊維の特性を発揮する製品開発を進めていった」3。その後、合成繊維メーカーにおいては、100℃以上で染めなければならないというポリエステルの性質に対応できるように、130℃まで温度を上げることが可能な高圧染色機が開発され、染色性の問題が解消された。染色性の問題が解消された後には、ポリエステルは婦人服をはじめとする多くの衣料用途に用いられることとなった。
(2)天然繊維に近づくための技術開発
「テトロン」に関しては、前記のような技術改良が行われる一方で、新製品の開発も行われていた。東レが1963年に開発したシルックは、天然繊維である絹に近づくための技術開発によって製造された新製品である。このシルックの登場は合成繊維業界に大きな影響を与えた。このシルックの開発を機に、「シルキー合繊」と呼ばれる絹に似せた合成繊維に関する技術開発の時代が始まり、ポリエステル・フィラメントの紡糸・加工技術に様々な革新が起きた。そして、この「シルキー合繊」開発の歴史は、後述の「新合繊」登場までの間において、その時代区分から、大きく3つの世代に分類することができる。
① 第1世代(1960年代)―絹の外観・風合いを追求
シルックは、東レの絹調のポリエステル繊維素材シリーズである。そのなかでもシルックⅠは、絹に似た特徴を持つ異型断面糸として登場した最初のものである。東レは、絹が光沢を持つ理由を絹の断面がほぼ三角形であることと考え、三角形断面繊維の研究を進めた。また、1960年初頭にデュポン社が三角断面に関する特許を取得したために、東レはこの特許に抵触しないように開発を目指す必要があった。1963年に、このような過程を経て開発されたのがシルックⅠであった。開発当初のシルックⅠは外観の面で絹に似たところがあったにすぎなかった。しかし、シルックⅠの持つ絹のような光沢は、斬新なものであり消費者の注目を浴びた。
同じく1960年代には、絹の持つ柔らかさを追求するための研究にも進歩がみられた。具体的には、アルカリ原料加工というポリエステル織物をアルカリで減量させる手法が導入された。これによって細いポリエステル繊維が製造されたので、柔らかな肌触り・着心地が実現された。その結果、外観だけでなく風合いの面でも絹に近いものが実現された。
② 第2世代(1970年代前半)―絹の持つ繊細さ、ふくらみ、柔らかさの追求
1970年代前半には、ハイカウント糸というフィラメント数の多い糸が開発されたことにより、シルクの持つ繊細さを実現することが可能になった。また同時代には、異収縮混織という熱収縮の異なるポリエステルを混織する技術が開発されたことにより、これまでのポリエステルにはなかったふくらみと柔らかさが実現された。
③ 第3世代(1970年代後半)-絹の持つ審美性(きしみ感・むら感)の追求
1970年代後半から1980年代には、絹の持つ複雑な表情を表現する糸の製造技術や、ポリエステルの人工的な風合いを減らすための多溝繊維技術が開発された。これらの技術によって、きしみ感・ムラ感などの絹の持つ不均一なバラツキが実現可能となった。その結果、より絹に近づいたポリエステルの肌触り・着心地が実現された。
このように1960年代以降のポリエステルの新製品開発は、ポリエステルを天然繊維、とりわけ絹に近づけるための技術開発が中心であった。
シルックの断面
画像提供:東レ
シルックロイヤルの断面
画像提供:東レ
(3)合成繊維独自の素材を生かす技術開発
1980年代に開発された「新合繊」はイレギュラー断面繊維、超極細繊維化、無機物添加によるポリマー改質など多彩な差別化を実現した。そして、これらの差別化は各社でそれまでに蓄積された製造技術・ノウハウが駆使されて実現されたものであった。その後、1997年ごろには、「新合繊」ひいてはポリエステル繊維の開発の展開は、安全・健康・快適等のより消費者の感性に沿った高度なものに進化を遂げた。そして、その開発の方向性は以下のように分類することができる。
「高感性素材…複数の素材を併せ持つ素材
機能素材…機能性を併せ持つ素材
機能感性素材…機能と感性を融合させた素材」4
ポリエステル繊維の技術開発については、その意義や方向性が、時代とともに変容していった。これは日本の合成繊維メーカーの命運を懸けた試みであったとともに、優れた技術力を持っていたからこそ可能なことであった。