現代まで
リサイクル・リユース
イノベーションに至る経緯
(東京ゴミ戦争からリサイクル支援法まで)
戦後高度成長とともに都市における廃棄物は増大し、その処分は多くが埋め立てによってなされるようになった。東京都では江東区にそれが集中し、昭和40年代に入ると周辺住民は悪臭と交通渋滞、蠅の増加などに悩まされるようになった。当時の美濃部知事は、各区に焼却場を設ける施策を掲げ推進を図ったが、杉並区は建設予定地の住民の反対などで実現せず、ついに江東区の住民は、1972年12月、区長自ら杉並区からのごみの搬入を実力で拒否するという事態にまで至った。いわゆる「東京ゴミ戦争」と呼ばれた事態の出現であった。これ以降も最終処分場の確保は、自治体、住民にとり大きな政治課題となり、中央政府においてもごみ処分の広域処理を念頭に「広域市町村圏」の形成など当時の自治省によって廃棄物の広域処理体制の構築などが講じられていった。
一般ごみに限らず産業廃棄物や家電、自動車といったものの廃棄や焼却による有害物質の発生もまた大きな社会問題となっていた。更に1990年前後のバブル経済期は消費や生産活動の急激な活況によって廃棄物の発生量も一気に増加し(85年から90年までの5年間で一般廃棄物は16.1%、産業廃棄物は26.4%増加)、とりわけペットボトルなどの登場がこれに拍車をかけるところとなった。処分場の残余年数は年々低下し、一般廃棄物では90年には7.6年に、産業廃棄物では1.7年というひっ迫した状況になった1。
これに対して政府は、それまでの廃棄物対策を改め、従来は処理の在り方に重点を置いていたのを変えて、排出量そのものの発生を抑制する方針へと転換した。そして、民間の力を活用してリサイクル・リユースの推進を掲げたのである。1991年の「廃棄物処理法」の改正において廃棄物の排出の抑制と分別・再生がその目的規定に追加された。また同年制定された「リサイクル法(再生資源の利用の促進に関する法律)(平成3年4月26日法律第48号)」において、資源の自主回収、リサイクルのシステム構築のための規定が設けられた。1993年には「省エネ・リサイクル支援法」(正式には「エネルギー等の使用の合理化及び資源の有効な利用に関する事業活動の促進に関する臨時措置法」が定められ、いわゆる3R(リデュース、リサイクル、リユース)のための設備の導入促進、分別回収、3R推進技術の開発等を支援することになった。
(物別リサイクル法の制定と循環型社会形成への取り組み)
続いて政府は、1995年以降廃棄物の種類・性状に即した適正処理の仕組みを次々と制度化し、立法によりこれを確立していった。その経緯は別表1のとおりである。第1号となったのはいわゆる容器包装リサイクル法(容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律(平成7年6月16日法律第112号)で、急増するペットボトル等の存在が背景になった。
個別物品の特性に応じた規制一覧
そもそも家庭ごみの容積の6割を占めるのは容器包装関係であり、ペットボトルなどの普及がこれに拍車をかけていた。しかし、家庭ごみからリサイクルの対象にする容器等を回収者が分別するのではコストがかかりすぎた。容器包装リサイクル法は、消費者による分別、自治体による分別回収、容器包装を用いた商品の生産者による再商品化費用の支払い、再商品化事業者による製品の販売というシステムを構築することによりその実効を図ったのである。
容器包装リサイクル法に次いで1998年には家電リサイクル法、そして2000年には食品リサイクル法、建設資材リサイクル法、2002年には自動車リサイクル法が施行された。
一方、再生資源利用促進法(平成13年施行)を改正した「資源有効利用促進法(資源の有効な利用の促進に関する法律)」によって特定の製造業者等にはいわゆる3R(リデュース、リユース、リサイクル)が義務付けられ紙製造業、ガラス容器製造業など5業種が再生資源・再生部品の利用が求められる特定再利用業種に指定され、副産物のリデュース・リサイクルが求められる業種としては製鉄業や自動車製造業など5業種が指定された。また、2000年には設計段階からリデュース配慮設計が求められる品目の指定やリユース・リサイクルに配慮した設計を求められる指定再利用促進製品なども指定され技術開発を通じた問題開発への取り組みも進んでいった。同年、循環型社会形成推進基本法(平成十二年六月二日法律第百十号)が施行され、21世紀に向けての更なる3Rの推進の基本方向が示されるところとなった。
(リサイクル等の実績とその国際比較)
前記の取り組みによって、概要で述べたように、3R追求効果は、顕著な成果を上げてきた。循環利用率の推移(図2)をみると、1990年の7.4%から2010年には15.3%にまで上昇している。このような背景には、政府のみならず困難に積極的に立ち向かった国民そして産業界の努力が見いだされる。例えば、包装、容器部門の代表的な廃棄物である紙とペットボトルについてみると、まず古紙回収量は、1980年の807万8000トンに対し、2014年には2175万トンと約2.7倍に達している。古紙回収率をみても、1980年の46%から2014年には80.8%までに高まっている2。その利用も目覚ましく古紙消費量は1980年の785万7000トンに対し、2014年には1709万1000トンと2.2倍になっている。古紙を原料とするその利用率は、1980年の41.5%に対し1999年には56.1%となり、更に2014年には、63.9%までに高まっている。国際的にみて回収率は世界一とみられ、また利用率においても極めて高い水準にある。これを実現した背景には消費者に古紙利用製品であることを示すグリーンマーク表示制度の推進や製造工程での脱インク、禁忌品の離解技術などの優れた技術開発があった。ペットボトルもその回収率は1997年当時10%以下の水準であったものが、2015年には92.4%にまで高まり、リサイクル率は統計把握が始まった2007年以降一貫して80%を超える高い率を上げている3。2015年の米国のリサイクル率21.7%、欧州のそれが41.2%にとどまっているのに比しその高さは傑出している4。
こうした官民挙げての努力によって、かつてごみ戦争の原因となった最終処分量は激減し、1990年の約1億1000万トンに比して、2013年には7分の1にまで減少したのである(図3)。
図2 循環利用率の推移
図3 最終処分量と減量化量
(資源対策、環境制約対策としてのリサイクル、リユース)
21世紀に入り、廃棄物問題は新たな局面に入るところとなっている5。一つは希少金属など世界的な資源のひっ迫懸念や供給不安、そして温暖化など地球規模での課題のなかでの廃棄物処理の在り方が問われるようになってきたのである。こうしたなかでいわゆる都市鉱山といわれる廃棄物からの希少資源の抽出や、リサイクルによる省エネ化の徹底が従来以上に重要性を増しつつある。戦略メタル資源循環技術(都市鉱山)開発プロジェクト(産業技術総合研究所)がスタートする一方、よりきめ細かな廃棄物の回収、処理システムの開発が求められるなかで、民間企業の中にはインターネットと宅配便の利用によるパソコン等の回収事業や繊維をバイオエタノール化する技術、あるいはプラスチックを再生油にする事業が進められている。リサイクル・リユースの日本における試みは、とりわけ90年代以降廃棄場処分からその再利用のための社会システムの構築、リサイクル技術体系の形成等において大きな成果を上げ、循環型社会の実現は国民のコンセンサスとなった。現在、更に進んで廃棄物による資源需給の安定化を目指す時代へと歩み始めている。
図4 容器包装リサイクルの仕組み
出展:経済産業省WEBページ『図解でわかるリサイクル』
(http://www.meti.go.jp/policy/recycle/main/3r_policy/recycle/01.html)