公益社団法人発明協会

現代まで

長大橋建設技術

概要

 我が国の長大橋建設技術は、2017年現在も世界最長の本四架橋を成功に導いた技術であり、その建設で磨かれた技術は広く海外に展開するところとなった。

 日本における長大つり橋の技術は、1962年に若戸大橋が完成したことを契機として発展を始めた。大戦後に、本州と四国とを連絡橋で結ぶとの構想が本格的に動き出し、1962年には「本州四国連絡橋技術調査委員会」(土木学会)が発足した。幾度にわたる地質調査や各地域の誘致合戦の末、明石-鳴門ルート、児島-坂出ルート、尾道-今治ルートの3つのルートに連絡橋を架けることが決定された。

 これら3ルートにおける連絡橋建設計画のなかで、最も技術的に困難であるとされていたのが、明石海峡大橋の建設である。明石海峡は潮流が速く、また台風が多い地域である。更に、大地震が来た時に備えて耐震性も有していなければならない。そのような厳しい自然条件のなかで、当時世界最長であったイギリスのハンバー橋(1410m)を大きく超える、全長3911m、中央支間長1991mもの長大つり橋を建設するというのが、明石海峡大橋の建設計画であった。

 明石海峡大橋の建設にあたっては、それまでの長大橋の建設を通じて培ってきた、日本の橋梁技術の全てが結集された。まず、主塔を支える海中基礎の建設に際しては、瀬戸大橋建設の際に用いた設置ケーソン工法が採用された。また、橋桁にはトラス桁を採用し、道路面にはグレーチングを設けることなどによって、強風に対しても強い構造を作り上げた。橋桁をつるメインケーブルについては、1mm2当たり180kgの強度を持つ高張力鋼のワイヤーが開発された。

 これらの技術が結集した結果として、1998年に明石海峡大橋は完成に至った。明石海峡大橋は世界最長のつり橋であり、日本の長大橋建設における技術水準の高さが世界的に知られるようになった。近年では、トルコの第二ボスポラス橋やイズミット湾横断橋など、日本の橋梁技術は世界的に展開されている。


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