公益社団法人発明協会

現代まで

非接触IC カード技術

イノベーションに至る経緯

(1)ソニーとJRの邂逅 - 開発前史

 FeliCaの歴史は、1987年末に、ある運送業者が仕分け用ICタグの開発をソニーに依頼したことから始まる。その運送業者は、当時、手作業で荷物の仕分けを行っており、それを自動化する必要があると感じていた。しかし、米国のアムテック社が商用化していた物流用ICタグは実用化には程遠いほど大型であった。そのため運送業者は、ソニーへ実用可能な仕分け用ICタグの開発を依頼したのであった。ソニーに指定された仕様目標は厳しく、とりわけ1枚のコストを10円以下に抑えるという点が大きな課題であった。

 結果として、仕分け用のICタグは事業化へと至らなかった。しかし、このICタグのプロトタイプは、鉄道総合技術研究所(以下「JR総研」とよぶ)の目に留まった。JR総研もまた、磁気式自動改札機に代わる次世代の出改札システムとしてICカードに目をつけ、1987年ころから機能評価などについて検討を開始していたのである3

 そして、ICタグの乗車券への応用を検討していたJR総研と、ICタグの新規用途を探索していたソニーとの間で利害が一致し、ソニーとJR総研の間で共同開発が開始された。この時、三木彬生を中心とするJR総研の研究グループは、非接触式ICカード乗車券の技術仕様を表1のように定めた。

表1 ICカードの開発目標

表1 ICカードの開発目標

出典:北島・溝口(2013年)4頁 表1

(2)開発部隊の危機

 JR総研が決定した技術仕様をソニーに伝える目的で、ソニーとJR総研は繰り返し実証実験を行い、「10cm、0.1秒」という開発目標が明確になっていった。この目標は、首都圏の路線における通勤ラッシュを想定したものであった。その後ソニーとJR総研はこの仕様をもとに共同開発を進め、カードやリーダー/ライターに改良を加えていった。

 ところが、最大のユーザーとなるべきJR東日本は、他にICカードによる出改札システムの運用実績がなかったこと、また、磁気式自動改札機が既に関西圏で導入されていたという実績から、この時点でのICカードによる出改札システムの導入は見送ったのである。

 JR総研側の開発部隊そして、ソニーの開発陣は苦境に立たされることになった。JR東日本による事業化が期待できない以上、FeliCaを別の用途へ応用する必要があった。このような事情から、ソニーではFeliCaを建物の入退館管理に用いることが検討された。しかしこの用途でもFeliCaは十分な成果を上げることができず、プロジェクトは中止目前の状態にまで追い込まれた。

(3)香港での入札競争

 幸いにも、FeliCaの開発部隊は解散にならず、1993年2月からはソニー情報通信研究所にて再出発することになった。しかしながら、有望な用途が見つかっていない状態であることに変わりはなかった。そのため、共同開発相手であるJR総研とソニーは、老朽化に伴い磁気式自動改札機が交換されるであろう2000年を待ちながら、細々と開発を継続する心づもりでいた4

 その直後、開発部隊に三菱商事から吉報が届いた。それは、電子乗車券の採用を決定した香港のクリエイティブ・スター社が入札を募っているというものだった。受注を勝ち取るために、FeliCaの開発部隊は背水の陣を敷き、「10cm、0.1秒」を達成するために開発を急いだ。1993年7月には、情報通信研究所内にカードシステム事業開発部が設置され、20人規模の職能横断的な事業化チームが結成された。このチームは、大きく2つの課題に取り組まねばならなかった。1つはICカードのバッテリーレス化であり、これはカードの耐久性を向上させるために必須のものとして発注先が要望しているものだった。2つ目の課題は、バッテリーレス化を追求するために、カード内に電源回路を搭載することだった。これら2つの課題も、ソニーの開発部門と製造部門とが密接に協働することによって解決され、実施に当たってはJR総研やそれまで磁気式自動改札機に携わってきた企業の協力も得ることができた。

 1994年には、クリエイティブ・スター社が、FeliCaの採用を決定した。1995年6月には試用版ICカードが納入され、1997年9月からオクトパスカードとして運用が開始された。

(4)Suicaへの導入

 ソニーがオクトパスカードの入札を勝ち取ったことにより、国内でもFeliCaを評価する声が相次いだ。そしてJR東日本もFeliCaの導入へと踏み出すこととなった。

 そこでソニーはICカードとリーダー/ライターを、システム構築はJR東日本が担当する分業体制で共同開発を強化し、密に情報を交換しながら問題を解決していった。とりわけ従来の磁気式自動改札に比べて高い通過阻害率の問題は、通信領域の改良、通信処理速度の向上、振り返り処理の実装、バッテリーレス化、読み取り装置の工業デザイン(「かざす」から「触れる」への転換)などによって対処が試みられ、1997年のフィールド試験では、通過阻害率が磁気式自動改札機と同等にまで向上した。またこの頃、ICカードにSF機能(定期区間外の超過運賃を自動で引き落とす機能)やID機能(個体識別番号による管理機能)も実装され、ICカードにSuica(Super Urban Intelligent Card)という名前が付けられた。

 そして2001年11月18日、首都圏の424駅の3200を超える改札口でSuicaの運用が開始された。Suicaの発行枚数は1日に1万枚を超えるペースで増加し、同年の12月6日に100万枚を、2004年10月には1000万枚を超えた。Suicaの導入を機に、我が国ではIC交通乗車券や電子マネーの普及が大きく進み、現在では日本全国の主要な公共交通機関やコンビニエンスストアでFeliCaを用いたICカードにより電子マネーが利用できるほか、EdyやWAONなどの商用利用に特化した電子マネーも登場している(表2)。

表2 主要電子マネーの概要(2007年6月末時点)

表2 主要電子マネーの概要(2007年6月末時点)

出典:石井康夫(2007年)72頁 表3-2


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