公益社団法人発明協会

高度経済成長期

接ぎ木(野菜)

発明技術開発の概要

 セル成型苗利用の接ぎ木法で、現在世界的に最も普及しているのが1990年に開発された我が国の「全農式幼苗接ぎ木苗生産システム」(以下、「全農式」という)である。幼苗をトレイ上で斜め切りして支持具で固定するこの方法によって、これまで軟らかすぎてできなかったセルトレイ上の接ぎ木が居接ぎできるようになった。開発したのは、当時全農農業技術センター(神奈川県平塚市)にいた板木利隆である。

 板木が接ぎ木研究に着手したのは、彼が全農技術主管に就任した1987年からである。当時既にセル成型苗は普及していて、全国の農家から全農に、この苗を使った接ぎ木法についての問い合わせが殺到していた。従来の接ぎ木法では作業に時間を要し、作業者の腕によって活着率にムラがあったからである。もともと野菜の研究者で、神奈川県農業総合研究所長まで経験した彼が傍観できるはずはない。さっそく未経験者でも簡単にできる接ぎ木法の開発にとりかかった。

 図3に示したが、この方法はセル成型苗を用い、①台・穂ともそれぞれのセルトレイで育てた幼苗を用い、②台木・穂木ともに子葉上の第1節間(矢印の部分)を斜め30度に切断し、③接合部をチューブ状の弾力支持具(対象に応じ数種のサイズがある)で圧着固定する。次にこれを④図4のような活着促進装置(ナエピット、図4参照)に入れ、最適温度28℃(昼夜間)、湿度93%、照明12時間で、3~4日間養生し活着させる。なお、接ぎ木作業での台木の切断はトレイの手前から、接ぎ木作業は奥から始めるのが便利で、初心者でも1日1000~1200本の接ぎ木が可能、慣行法の2倍以上の能率をあげることができる。なお、支持具はタテに割れ目があり、茎の肥大とともに自然落下する。

 「全農式」のポイントは支持具にある。板木はこのアイデアをたまたま買い物に出かけたスーパーの網戸売り場で得た。木枠に網を固定する留め具が支持具を発想させたのである。世界中で重用されているこの接ぎ木法の原点は、意外なところにあったのである。

 「全農式」は今や世界の野菜接ぎ木技術に成長しつつある。きっかけは1992年に横浜で開催された国際園芸学会主催「苗生産シンポジウム」現地研究会で板木が実演してみせたこと。さらに2013年、21カ国174名が参加したイタリアの「国際接ぎ木シンポジウム」で、この幼苗接ぎ木法と養生法が「国際貢献した2技術」として高い評価を受けており、今後のさらなる発展を期待したい。

図3 全農式幼苗接ぎ木方法(斜め合わせ接ぎ)

図3 全農式幼苗接ぎ木方法(斜め合わせ接ぎ)

出典:JA全農「接ぎ木育苗マニュアル」(1991年)

図4 接ぎ木活着促進装置「ナエピット」の構造

図4 接ぎ木活着促進装置「ナエピット」の構造

出典:板木利隆「野菜苗生産の進歩、現状と問題点(2)」(日本種苗協会、2013年)


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