高度経済成長期
柔構造建築
発明技術開発の概要
(1)東京駅高層ステーション構想
柔構造の有効性が注目されるようになった1958年、東海道新幹線の実現を目指していた日本国有鉄道総裁の十河信二(以下「十河」と呼ぶ)は、新幹線ターミナルとなる東京駅丸の内駅舎を地上24階ビルへの建て替えることを検討していた。その技術的可能性を検証するために、十河は武藤を委員長とする研究委員会を発足させた。委嘱を受けた武藤らは、様々な設計案を作り、それぞれについて、実際に記録された地震波でどのような揺れを生じるかアナログ式コンピュータによるシミュレーション解析を行った14。試行錯誤の結果、柔構造による超高層ビルは耐震性が高いことが確認され、この耐震性を確保するためには、高さ方向の剛性のバランスが重要で、これまでのビルのように、下へ行くほど太い柱にすると、かえって地震の影響が大きく、むしろ下から上まで同じ太さの柱や梁を用いる方が有効であることが明らかとなった。1962年、委員会は「適正設計震度の研究」と題する報告書をまとめ、従来の静的な設計による剛構造から、動的設計に基づく柔構造へ移行することにより、超高層建築物の実現が可能であるとの結論を公表した15。
最終的にこの「東京駅高層ステーション構想」は実現しなかったが、この経験は、次の霞が関ビルの建設にいかされることになる。
(2)柔構造建築の具現化
東京大学を退官後、武藤は鹿島建設に移り、霞が関ビルの建設に参画することになった。
柔構造理論に基づく高層ビルを実現するためには、解決しなければならない課題が残されていた。また、その都度発生する新たな問題については、三井不動産、山下設計事務所、鹿島建設・三井建設等による建設委員会において、研究者やメーカーを含めて対応することとなった。
当初、霞が関ビルは鉄骨だけでつくることが計画されていたが、フレキシブルすぎる構造は、上空の強風により揺れを生じ、いわゆる船酔い状態を生ずるという懸念も残っていた。一方で、壁体を鉄筋コンクリート製のように強固なものとすると建築物を柔構造とすることができなくなり、大地震に耐えられないこととなる。武藤らは鉄筋コンクリート製の耐震壁「スリット壁」の開発により、この問題を解決した。このアイデアは、武藤がメキシコ地震の被害調査をした際のホテルの壁崩落がヒントとなったといわれる。武藤は、壁が固すぎるから破壊されるのであり、地震の力に粘り強く抵抗できる壁を作れば対応できると考えた16。実験を重ねることで、コンクリート壁に縦方向にスリット、目地、凹所、空洞といった耐力性のない部分を設けることにより、建造物の弾力性を失わないことが確認された。すなわち、従来の壁では地震で荷重がかかると亀裂が急激に入るが、壁にスリット等を入れておくことにより荷重が分散し、スリットがない場合の数倍の変位をしたところで小さな亀裂が分散して入ることが明らかとなった(設計者によると、この程度の亀裂は東日本大地震規模の地震でも建物の構造及び安全性、居住性には全く影響が無く、鉄筋とともに効果的に振動エネルギーを吸収する)。このような短冊状の耐力性のない壁を鉄骨構造に複数並べることにより、柔構造の超高層ビルの建設が初めて可能となった17。この「複合隙間壁体構造を用いた柔構造物の発明」は、1980年に発明協会の全国発明表彰において恩賜発明賞を受賞した。
(3)工期短縮技術の開発
建設にあたって、特に重要視されたのが建設コストの低減と、そのための工期の短縮であった。このために科学的な工程管理が導入されるとともに、様々な技術開発が行われた。
タワークレーンによる超高層ビルの建設は、施工の責任者となった鹿島建設の二階盛(以下「二階」と呼ぶ)にとっても初めての経験であった。二階らは柔構造建築物の骨格である鉄骨構造を利用し、既に組み上がった鉄骨にクレーン本体とタワー部を交互に引き上げることにより上昇させる「セルフクライミング工法」を開発した。これにより、上層階でのクレーンのセッティングが飛躍的に効率化され、工期の短縮に寄与した。1981年、二階らによる「高層建築用タワークレーンの発明」は、発明協会の全国発明表彰において弁理士会会長賞を受賞した。
床板については、型枠を用いたコンクリートの打設では、施工スピードに追い付かないため、デッキプレート工法が採用された。デッキプレートを作業床としながら施工することによりその工期の短縮に寄与するものとなった。この際、高層建築用に耐火性のあるデッキプレートも開発された。鉄骨構造としては、量産が始まったばかりの大型H形鋼が初めて本格的に導入された。鉄骨構造を含め、建設部材のプレファブ化・ユニット化が行われ、これを組み立てることで工期の短縮が更に進められた。
霞が関ビルプロジェクトにより誕生した特許は約40件となった。
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