高度経済成長期
ブラウン管テレビ
概要
図1は1988年当時、世界最大のブラウン管カラーテレビ市場であった米国での生産国別マーケットシェアを表したものである。日本メーカーのシェアが全体の34%と、海外での競争力の高さを伺い知ることができる。しかし、日本企業による強い競争力はテレビ開発当初から存在したものではなかった。むしろ、テレビ市場の拡大に合わせて日本企業が徐々に獲得していった結果である。そしてその背景には、戦後の日本のブラウン管メーカーによる欧米企業に対する技術的キャッチアップと漸進的イノベーションの成功があった。画期的ではないものの、市場の需要に合わせて的確に性能を高めていくイノベーションの過程は、戦後の日本で観察された典型的なイノベーション・モデルといえる。
他方で、ブラウン管テレビ開発における日本メーカーによるオリジナルの発明として、ソニーによるトリニトロンカラーテレビがある。本テレビは、日米欧の他メーカーが異なるカラーブラウン管方式を採用する中で、1968年に苦心の末にソニーが独自技術で製品化したものである。本方式は従来のブラウン管と比較して明るく高精細であったため、価格が高いにもかかわらず市場に受け入れられ、その後長くソニーの収益性に貢献し、また、いわゆる「ソニーブランド」の確立にも大きな役割を果たした。
図1 米国カラーテレビ市場:1988年の生産企業の国別シェア(%)
新宅純二郎『日本企業の競争戦略』
(有斐閣、1994年)50頁より作成