高度経済成長期
人工皮革
概要
皮革は紀元前から人間の社会生活にとって重要な役割を果たしてきた素材であり、鞄や靴をはじめ、多くの用途に加工されて供せられてきた。このように、皮革は長い歴史を持つ素材であるが、現在、皮革製品は、天然素材である天然皮革と、合成素材である人工皮革、合成皮革、塩ビレザーに分類することができる1。合成素材については、1930年代に塩ビレザーの生産が開始され、1950年代には合成皮革も開発されたが、天然皮革との類似点は、塩ビレザーは表面的な外観のみ、合成皮革の場合も表面の外観及び表面強度の一部のみを類似させるにとどまっており2、天然皮革の代替的な素材としての十分な性能を持っていなかった。これに対して、人工皮革は、外観、物性、構造を天然皮革に準拠して人工的に再現するとともに、天然皮革の持つ欠点を解消している3。そもそも天然皮革の触感とは、表面を触ったときの感覚に加えて、全体の風合い、質感、しわの入り方など、複合的な要素によって生み出されている4。これはコラーゲンの極細繊維が三次元的に絡み合うという構造によっているが、人工皮革は表面の加工技術だけではなく、こうした構造をも人工的に再現したのである。
世界初の人工皮革は、1965年に米デュポン社が発売した靴甲用人工皮革「コルファム」であるとされる。ただし、この製品は、風合いが固くて製靴しにくい、着用時の足馴染性が悪いなどの欠点があったことから、1972年に生産を中止することとなった5。しかし、天然皮革に匹敵する機能を備えた人工皮革を製造しようとする試みは、その後も続いた。そして、本稿で取り上げる「クラリーノ」や「エクセーヌ」は、極細繊維の製造技術をはじめとする各種技術に基づいて工業化され、天然皮革を凌ぐ機能を備えるのに成功した人工皮革である。
「クラリーノ」は、1964年に倉敷レイヨン(現クラレ、以下「クラレ」と呼ぶ)が開発した人工皮革である。クラレは2つの異なる成分からなる繊維のうち、一方の繊維を取り除くことにより、通常の繊維の数千分の一という極細繊維の束を作る技術を開発した6。この極細繊維は絹糸単糸の3000分の1という細さであり、これが絡み合うことにより、ソフトでしなやか、かつ丈夫な素材が可能となった。さらに、特殊な加工技術によって多様な製品バリエーションを提供しており、靴、鞄、ランドセル、スポーツ用品など、様々な分野で用途を拡大してきた。
「エクセーヌ」は、東レが1970年に商品化した、世界初の超極細繊維製スエード調の人工皮革で、東レの超極細繊維技術と人工皮革技術が組み合わされて生まれた人工皮革である。海外メディアから「繊維製品のロールスロイス」などの高い評価を得て、1970年から1980年の10年間で、東レに1000億円を超える利益をもたらした7。衣料、スポーツ、資材、雑貨、工業用など、幅広い用途に用いられており、欧州では「アルカンターラ」というブランド名で製造販売されている。