公益社団法人発明協会

高度経済成長期

トランジスタラジオ

発明技術開発の概要

(1) 「TR-55」のトランジスタ―品質のバラつきを回路設計で攻略

 本節では、まずソニー初のトランジスタラジオである「TR-55」の技術について解説をしたのち、その後トランジスタラジオでどのような問題が起き、解決されたのかを紹介したい。トランジスタラジオでは、合金型と成長型という2種類のトランジスタが使用されていた。合金型は、高周波特性が低いため低周波回路専用で使用されていたものの、良品率は高かった。一方、成長型は、合金型と比べて高周波特性が高く、量産に向いていたものの、良品率が極めて低いうえ、品質のバラつきが存在した。

 こうした成長型トランジスタの品質のバラつきのしわ寄せを受けたのが、ラジオの製造工程であった。トランジスタの品質に合わせて回路を修正する必要があったためである。そこで、開発者たちは、品質のバラツキを吸収するために、12種類の回路を作る工夫をした。発振しにくいトランジスタには、無理矢理にでも発振させるようなコイルを、反対に特性のよいトランジスタには、それ相応のコイルを組み合わせる9。こうして、「TR-55」は殆ど「手づくり」のような形で製造することで、問題を解決し発売することができた。

(2) 「TR-55」以後のブレイクスルーと江崎玲於奈の発見

 このように、成長型トランジスタを使った「TR-55」は、品質にバラつきの存在する、非常に製造が困難な製品であった。「TR-55」の開発後、合金型トランジスタの高周波特性が改善されたため、社内でも合金型トランジスタへの注力を主張する声があった。しかし、井深らソニーの経営陣は成長型を断念しなかった10

 こうした成長型トランジスタの製造上の危機を救ったのは、トランジスタの製造工程で働く「1人の女子従業員の執念11」であった。彼女は、「2T7」という成長型トランジスタの製品の良不良と各工程の因果関係について調査を始めたのである。こうした製造現場のラインを支える従業員の活動がきっかけとなり、エンジニアたちは、工程と不良品の関係を洗い出す全数検査を開始した。

 この検査の結果、トランジスタのn型層を成長させるために使用するアンチモンが、既に作られたp型層を浸食し、品質のバラつきを発生させていることが判明した。トランジスタは、プラスの性質を持つp型半導体とマイナスの性質を持つn型半導体をつなぎ合わせた構造となっている。n型層の製造に必要な物質が、p型層に拡散浸透し、その性質を変化させていたのである。

 そこで、アンチモンの代わりにリンを使用することでp型層への浸食が無くなり、高周波特性及び品質のバラつきが劇的に改善した。そこで、製造工程を改変し、リンの使用に切り替えた。しかし、今度は使用するリンの量が多過ぎたため、トランジスタが作動せず、不良品となってしまう事態に見舞われた。そこで、今度はリンの適正投入量に関する実験をスタートさせた。

 リンの適切な投入量を発見するために、pn領域の隣接するダイオードが大量につくられた12。リンの濃度が薄いものから濃いものまで、試料を作成し、その電気的特性を測定していったのである。これを担当したのが後のノーベル物理学賞受賞者、江崎であった。この過程で、江崎は既存の物理学では説明できない興味深い現象を発見する。それがトンネル効果であった。これは、電子の波動性を証明するものであったため、量子力学上の重要な発見となった。

 リンの大量投入により、このトンネル効果が発生し、トランジスタの作用を妨害している事が判明した。こうしたメカニズムの解明を契機にリンの適正投入量が判明し、さらにリンの投入工程に改善を加えた結果、良品率が格段に上昇した。

 ソニーはリン投入による独自の成長型トランジスタの特許を申請し、特性が良く、良品率も高い自社開発のトランジスタを独占的に使用することが可能となった13。これにより、ソニーはトランジスタ製造において強い優位性を獲得した。

 

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