高度経済成長期
CVCCエンジン
発明技術開発の概要
ホンダが排出ガス対策技術の研究開発に着手した当初、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンの排気ガスによる大気汚染については、どのような物質によるものか、その有害物質がどのように発生するのか等のメカニズムがほとんど明らかとなっておらず、また、CO測定器を除いて、国内でNOⅩやHCを測定する機器を入手することは一般には難しいものであった。このため、研究グループが最初に手を付けたのは、他社が研究していた排出ガス対策技術の検証、排出ガスの測定方法や機器の調査・研究から始めなければならなかった。
この時期、既に工場などの固定施設から排出される排出ガス処理のための酸化触媒装置が存在していたが、固定施設の触媒システムをそのまま自動車に搭載することは、耐久性の問題等、解決しなければならない問題が多く含まれており、また再燃焼装置は燃費を落とすという結果が出ていた。そこでホンダは、排出ガス対策の基本を「まずエンジンの吸気と燃焼の制御により行い、それでも排出される有害物質を触媒等の後処理装置で処理する」ことに定めた10。
レシプロエンジンは、酸素と燃料が過不足なく反応する理論空燃比より希薄な混合気では燃焼が不安定になりやすく、通常では理論混合比より濃い混合気を用いる。この濃い混合気では理論空燃比で運転する場合よりも燃費が悪化し、不完全燃焼による有害物質の生成が避けられない。低燃費を維持しつつ有害成分の発生を抑制するためには理論混合比、あるいはさらなる希薄な混合気による安定した燃焼を実現する技術が必要となる。研究室では、混合気の加熱、気筒内ガス流動の強化に始まり、点火エネルギーの増大、多点点火(プラグを複数付ける)など、あらゆる方策を考えたテストが行われたが、いずれも良好な結果を得ることはできなかった11。
試行錯誤が進むにつれて、従来のガソリンエンジンでは使われていない、副燃焼室付エンジンによる希薄燃焼方式が検討された。この方式は既存のディーゼルエンジンでは一部実用化されていたが、ガソリンエンジンとしては、ソ連などで粗悪燃料対策として研究されていたにすぎなかった。
テスト用の改造試作エンジンは1970年1月に完成したが、実車エンジンとしての有効性の実証等、数多くの課題が残されたままであった。当初は、開発中の小型乗用車・シビックへの搭載を前提として開発が行われていたが、マスキー法をクリアするためには、2000ccエンジンが必要と判断された。
副燃焼室方式による希薄燃焼は、当初予測していた通り、CO・NOⅩ・HCの減少に効果を示したが、HCについてはマスキー法1975年度規制値に及ばなかった。この課題は、排気系(マニホールド)の研究と、主・副燃焼室の組合せや燃料の供給方法の開発により、排出ガスの保持熱で排気管内の酸化反応を起こさせることで解決された12。
さらなる課題は、1975年モデルのEPAテストにおいて発生した。ホンダはCVCCエンジンそのものではEPAの審査をパスしていたが、米国への輸出のためには、市販車による1975年規制適合認定を受けなければならなかった。ホンダは1974年のシビック(通常のエンジン仕様)が、国内での排出ガス試験で何ら問題がなかったことから、EPAの試験も大きな問題はないと考えていた。しかしながら、米国での試験ではパスすることができなかった。技術研究所と鈴鹿製作所、米国EPAのアンナーバー認定ラボを含めて、日米でこのような違いが出た理由について徹底的に調査が行われた。その結果、気圧、シャーシダイナモ、運転状況の3つの点で日米に違いがあることが明らかとなった。ミシガン州アンナーバー認定ラボとの標高差が約350mあるため、検査時に気圧の違いによる影響が出ていた。シャーシダイナモはメーカ・機種は同じだが、ホンダのシャーシダイナモは、小さなクルマの検査がしやすいように前後ローラ間のスパンが短くなっていたのである。また、運転状況は、米国と日本のドライバでは、アクセル操作に大きな差があることによるものであった。調査結果を基に、EPAの測定条件を設定し、それを、クリアできる仕様であるか否かを確認し、量産車への反映を確認し最終成果へと導いていった13。
図1複合渦流調速燃焼方式エンジンの構造
出典:特公昭51-47805号公報
開発成功のプレスリリースを行った1971年2月の時点で、既にホンダはこの方式の基本原理の発明及び周辺技術に関する発明について230件の特許を出願していた14。その特許の一つが特許第970241号(特公昭51-47805号:発明者伊達撛、八木静雄)である。この発明は、エンジンに主燃焼室(2)及び副燃焼室(5)を設け、両室はトーチノズル(3)により連通している。副燃焼室(5)には薄肉のカップ(29)が備えられ、点火栓(4)は副燃焼室の奥部に配置してある。主燃焼室(2)には主吸気口から燃料分の希薄な混合気が供給され、副燃焼室には副吸気弁(10)を通して副吸気路(7)から濃い混合気が供給される。副燃焼室(5)で点火された混合気は、トーチノズル(3)から主燃焼室(2)内に噴出し、ここで主燃焼室(2)内の希薄混合気と混合して燃焼する。主燃焼室(2)は燃焼速度を適度に保つような形状となっており、そのためNOⅩ発生の原因となる燃焼温度の過大な上昇が防がれる。
この方式は技術的にも、従来のレシプロエンジン本体をそのまま使うことができるため、既存の生産設備がいかせるほか、シリンダーヘッドから上を交換するだけで済むので、他メーカのエンジンに応用でき、広く低公害化が図れることや、エンジン内部できれいな燃焼をするため、触媒などによる排出ガス浄化装置は不要で、二次公害の恐れがないという特徴を有していた15。
(本文中の記載について)
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