公益社団法人発明協会

現代まで

長大橋建設技術

発明技術開発の概要

 明石海峡大橋を建設するうえでは、上述した自然条件に耐え得る構造を作る必要があった。以下では、明石海峡大橋建設のうえで重要な役割を果たした三つの要素、すなわち主塔基礎を構築するための設置ケーソン工法、強風に耐え得るトラス式の橋桁、そして橋桁を支えるケーブルの架設について、それらの概要を述べる。

(1)設置ケーソン工法

 明石海峡は潮の流れが非常に速く、最大潮流速はおよそ4m/sほどになる。水の比重は空気のそれと比べて800倍にもなるため、風速に換算すると110m/sもの暴風に相当するものであった。このような場所に構造物を置くと、洗掘という現象が起きてしまう。洗掘とは、激しい水の流れによって構造物を支える地盤が削り取られる現象のことである。この洗掘を防ぐために、長きに渡る現地実験や建設作業機械の開発・実験の末、設置ケーソン工法によって海中基礎を設置することが決定された。

 設置ケーソン工法では、あらかじめ掘削しておいた海底に直径80m、高さ70mほどの鋼製の円筒形の箱を沈設し、コンクリートを打設することによって固定する。ここでは、通常のコンクリートに増粘剤と高性能減水剤を添加した水中不分離性のコンクリートを用いる。水中不分離性コンクリートは水に溶けず、流動性が高いため、水中でコンクリートを打設することが可能になる。この巨大なケーソンが、高さ300mを超える主塔を支える基礎となる。

 設置ケーソン工法は、明石海峡大橋よりも8年前に着工された瀬戸大橋の建設において、初めて本格的に採用された。しかし、瀬戸大橋の時と比べて明石海峡では水深が深く、潮流が速く、かつ海底地盤の条件も悪かった。そのため、幾度にわたる室内水理実験及び現地水理実験が行われ、最適な掘削の形状やケーソン沈設後の安定性などが検証された。

(2)トラス式の橋桁

 明石海峡は台風の多い地域でもあるため、耐風性は非常に重要な問題であった。1940年にアメリカワシントン州のタコマナローズ橋が強風に崩壊する事故が起きたこともあり、強風対策に対しては敏感になっていた。

 そこで明石海峡大橋の設計では、78m/sの風速にまで耐えられることが目指された。そこでは、実際の明石海峡大橋の70分の1ほどの精巧な模型をつくり、風を当てて橋の構造のなかを風がどのように流れるかを検証する、風洞実験が行われた。風洞実験では、道路面を支える補剛桁に関して、トラス桁と箱桁についてそれらの耐風性が検証された。箱桁とは鋼板を箱形断面に溶接して組み、それを主桁として道路面を支えるものであり、トラス桁とは三角形に組まれた細長い部材をつなげたトラス構造の桁のことである。風洞実験の結果、トラス桁のほうが耐風性に優れることが実証され、これが採用された。この他にも耐風性を強化するために、中央分離帯の下面に垂直スタビライザーと呼ばれるプレートを設置し、さらに道路面に網目状のグレーチングを設けることで、風の流れをコントロールする工夫が施された。

(3)ケーブル架設

 つり橋において橋桁をつるケーブルは最も重要な部分である。つり橋におけるケーブルは、自身の重さや橋にかかる重さを主塔及びアンカレイジ8に伝える役割を果たす。瀬戸大橋に用いられたワイヤーの強さは1mm2当たり160kgであったが、明石海峡大橋ではより高い強度を持つ高張力鋼(1mm2当たり180kg)のワイヤーが用いられた。

 ケーブルの架設工法としては、1本ずつ素線を引き出すエアスピニング工法が世界の長大橋では一般的であった。しかし、明石海峡大橋においては強風下においても品質の低下を防ぐことができ、かつ施工期間が短縮できるプレハブストランド工法が採用された。これは、百数十本のワイヤーを正六角形に束ねたストランドと呼ばれるものを架設し、そのストランドを290本束ねることによってケーブルとする工法である。

 明石海峡大橋の建設に際しては、折しも主塔にケーブルを掛け渡した直後に、阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震がその直下で発生した(1995年1月17日)。しかし震度7の大地震にもかかわらず、明石海峡大橋は主塔をはじめ橋の構造に何ら損傷は生じていなかった。図らずも、明石海峡大橋の耐震性がこの地震によって証明されたのである。


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