公益社団法人発明協会

現代まで

非接触IC カード技術

発明技術開発の概要

 非接触ICカード技術(FeliCa)の歴史は、「10cm、0.1秒」という高速処理の実現へ向けた開発陣の奮闘の歴史であったと言うことができるだろう。そのうえで大きな課題となったのは、ICカードのバッテリーレス化である。

 そもそも、非接触型のICカードは、カードに内蔵されたアンテナを通じてリーダー/ライターとの間でデータの送受信を行うものであり、この処理には電力が必要となる。この電力供給について、FeliCaの開発当初は、ICカードに搭載したバッテリーから電力を供給する方式が検討されていた。しかし、クリエイティブ・スター社がオクトパスカードの要求仕様として提示してきたのは、製造コストや耐久性に勝るバッテリーレスのICカードであった。またJR東日本による実証実験で、ICカードに搭載したバッテリーから液体の漏えいが確認されたこともあり、後にJR東日本もICカードのバッテリーレス化を強く要望するようになった。

 しかしながら、ICカードのバッテリーレス化は難航した。中でも、低電力と高速処理を同時に実現することは困難を極めた。ICカードのバッテリーレス化は、リーダー/ライターとの通信と同時に発せられる電磁波によってICカードに電力を供給することで実現される。しかしこの場合、通信距離が長いと給電量が減衰するため、目標としていた10cmの通信距離では、高速処理に必要な電力を賄うことができない。しかもマルチアプリケーションなどの諸機能やセキュリティの向上を実現しようとすると、ICカードには更なる高速処理が求められることになる。

 そこで開発陣は、カードとリーダー/ライターの改良によって発電効率を向上させるととともに、省電力で高速処理を行えるようICチップの回路やソフトウエアにも工夫を凝らした。とりわけICチップについては、リーダー/ライターから発せられる電磁波をもとに、電磁誘導の原理によってカード内で発電を行う都合から、CMOSチップ上に電源回路を搭載するという前例のないアプローチを取った。また「10cm、0.1秒」を実現するバッテリーレスの非接触式ICカードを実現するには、単にCMOSチップに電源回路を搭載してバッテリーレス化を図るだけでなく、デバイスやソフトウエア、果てはカードとリーダー/ライターから成るシステム全体を調整して、低電力かつ高速処理を実現する必要があった。開発陣は、他事業部や他企業の力も借りながらこれらの課題を解決していった。電源回路については、「①過大電圧保護回路と返信回路を整流器の後に配置する、②アンテナの中の共振回路にかかる電圧を落とすことで交流の切替え時に逆極性が急に大きくならないようにする、という2つのアプローチを採用して要求仕様を満たす回路が開発されるに至った5」。

 また当時、JR東日本との実証実験から、通過阻害率が磁気式の20倍にも上ることが判明していた。この原因は,リーダー/ライター間の通信電波として、人体の水分に吸収されてしまうマイクロ波を使用していたために、ICカードをリーダー/ライターにかざす際、電波の吸収により通信領域が縮小したことであった6。この問題に対して、ソニーの製造部門は「フィルムエッチング方式コンデンサトリミング機能付き」という方式を採用し、ICカード内のアンテナから安定した磁場を発生させ、JR東日本も通信に使用する電波を短波へと変更することで対処した。

こうした工夫により、ソニーの開発陣は「10cm、0.1秒」を実現するICカードを完成させた。実際に10cmの通信距離で十分な処理速度が実現されたのは、ICカードをクリエイティブ・スター社へ納入する直前だったという。そしてオクトパスカードとして採用された後、競争入札を経て、FeliCaはSuicaにも採用された。


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