公益社団法人発明協会

現代まで

タクロリムス

概要

 臓器移植は、1967年末、世界で初めて心臓移植手術が南アフリカで行われて以来、がんなどの難病治療に有効な手法として年々実施件数が増加してきた。一方、生体には本来免疫機能が存在し、これは移植された臓器等を異物として拒絶する仕組みが働くことから、結果、移植効果を損なうことが大きな課題であった。このため有効な免疫抑制剤の開発に早くから取り組まれてきていたが、スイスで開発されたシクロスポリンA(CsA)以外には有効なものがなく、それも副作用の問題があった。

 1983年、藤沢薬品工業(現・アステラス製薬、以下「藤沢薬品」と呼ぶ)は、細胞免疫学の知識と手法を駆使してこの研究に取り組み、1984年、筑波の土壌から採取した放線菌が産生する物質から新規免疫抑制剤タクロリムスを発見した。しかし、その製品化には多くの課題が存在した。とりわけ動物実験などでは既存薬を大きく上回る成果が得られていたが、当時の日本では臓器移植に対する慎重論も根強く、臨床試験は海外での実施が必要であった。1986年、米国のピッツバーグ大学教授トーマス・E・スターツルは、国際学会でタクロリムスの存在を知り、自分の研究室での生体試験実施を申し出た。そして、実験を重ね、3年後には臨床試験が行われるまでになった。結果は劇的であった。ニューヨークタイムズが一面で取り上げ、欧米での他の試験でも、次々とその有効性が認められていった。

 この間、藤沢薬品では製品化に向け、様々な困難を克服して、「海外自主開発、自主販売」の戦略を推進した。その結果、いち早く米国での医薬品認定を受けるとともに、日本においては1993年に「肝移植の拒絶反応の抑制」が効能・効果として認められ、世界で第1号となる商品化製剤を発売した。以後、次々に様々な拒絶反応に対する免疫抑制剤としての効能・効果が認められていった。タクロリムスの発見から9年で、その販売は全世界75ヵ国に及び、臓器移植における世界のスタンダード免疫抑制剤となった。

 タクロリムスの発見、発明は、また、学術的にもたん白複合体によるシグナル伝達機構解析やケミカルバイオロジーという新たな医学分野を切り開くことにも大きく貢献している。


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