公益社団法人発明協会

安定成長期

カーナビゲーションシステム

イノベーションに至る経緯

(1)「エレクトロ・ジャイロケータ」の誕生

 1970年代前半において、CVCCエンジン開発に社運を賭けて取り組んでいたホンダは、その後、カーエレクトロニクス分野での立ち遅れに危機感を抱いていた9。当時、偶然自衛隊の訓練を見学した久米是志(後に本田技研工業社長。以下「久米」と呼ぶ)は、車体の傾きにも関わらず砲身が常に照準をむくように制御するジャイロスコープ10に注目し、田上勝俊(以下「田上」と呼ぶ)・高橋常夫らにその自動車への適用を検討することを命じた。早速ジャイロを購入、分解した田上らは、部品が200点を超え、構造が複雑かつ非常に精密なことから、そのままでは量産車には使えそうもないことを理解した。しかし、「ジャイロ」へのこだわりがガスレートジャイロとの出会いにつながった。

 1977年、この研究は大きな展開を迎えることとなる。方向変化を感知するジャイロの特性を利用して現在位置を求め、車の走行軌跡を地図の道路パターンに重ね合わせればコース誘導ができるのではないかというアイデアが研究者から提案された。まず、透明シートに描かれた地図に予定コースを黒い線でなぞり、これをセンサで拾うことで車をコース誘導できることが確認され、次いで、車の描く軌跡と道路のパターンを組み合わせれば自分の現在位置を把握できることが明かとなった。ここに世界で初めての「地図型ナビゲーションシステム」の考え方が誕生した。

 ガスレートジャイロは、ガスの直進しようとする慣性力を利用するもので、部品数が8点で構造が簡単である反面、精度が低く、ゼロ点の狂いの問題があった。田上らは周囲の温度の影響を抑えるための恒温槽を設けるなど、様々な改良を加えていった。しかしながら、ガスレートジャイロの性能を安定的に引き出すためには、ヘリウムガスの純度を高めることが必要であり、そのためには高度な真空技術を持つ企業の協力が必要であった。この分野の協力企業がなかなか見つからない中、田上はヘッドライト製造で優れた真空技術を持つスタンレー電気に日参し、協力を取り付けることに成功し、以降、ホンダとスタンレー電気の協力のもとで、ガスレートジャイロの精度向上のための取組が行われた。

 システムがまとまり、路上での評価会を実施する段階になり、車がコースから外れる事象が度重なった。これは市販の地図で常識的に用いられている近似的描写の影響によって、地図が実測とは異なるために生じるもので、システムに合わせて地図を新たに作成することとなった。

 こうして、1981年初め、最終評価会が行われることとなった。久米は田上に開発したばかりの「エレクトロ・ジャイロケータ」を用いて、鈴鹿から東京の自宅まで送り届けることを求めた。高速道路の乗り降りを繰り返し、13時間後、車は無事、久米の自宅に到着した。ここに世界初の地図型カーナビが誕生することになった。

 1981年8月に発表された「エレクトロ・ジャイロケータ」は、2代目アコードのディーラーオプションとして12月に発売された。

 この発表は、自動車メーカ、電装品メーカ等のカーナビの開発競争に火をつけるものともなった11

(2)デジタル・マップの構築

 ジャイロケータの発売から5か月後、ホンダは次世代のカーナビの開発プロジェクトを開始していた。このプロジェクトは、マップマッチング機能による「デジタルマップナビ」の開発をも視野に入れたものであった。しかし、これを従来型の「アナログマップナビ12」に切り替えても、その開発は困難を極めた。

 こうした中で、三菱電機はセンサから得られた位置情報と道路地図との誤差を適宜補正する技術を1983年頃に開発し、1985年には自社フォーマットに準拠したCD-ROM地図を完成していた13

 1985年の米国ETAK社によるデジタル・マップを用いたカーナビの発表は、カーナビの開発を行っていた日本のメーカに大きな衝撃を与えるものとなった。ETAKは、記録媒体としてカセットテープを用い、圧縮したデータを記録し、走行距離とジャイロセンサから車の位置を計算し、地図データに合わせて誤差を自動修正する機能(マップマッチング技術)を備えたもので、地域が限られていたもののデジタル・マップが採用されていた。

 1986年にCD-ROM地図の国内統一フォーマット策定等をめざした「ナビゲーションシステム研究会」が設立され、デジタル・マップ実現の動きは更に加速された。

 1987年、トヨタとデンソーは「CDインフォメーション」を開発し、「クラウン」に搭載して発売した。このシステムは、デジタル・マップをCD-ROMに記録し、地磁気センサ、車速センサにより自車の現在位置を推定、それらをカラーCRT画面に表示するもので、「エレクトロマルチビジョン」14と呼ばれた。

 一方、カーナビの地図データは、地図そのものの情報以上に名称、進行方向、時間帯規制、道路幅、距離等多くの関連情報を必要とするという特徴を有している。この作業の負担を軽減するためソニー、ケンウッド、アルパイン、クラリオンは、当時住宅地図のデジタル化を進めていたゼンリンに協力を求め、日本全国地図のデジタル化を進めた15

 ホンダのデジタルマップナビの開発は1987年に再開した。ホンダは早期に商品化を実現するために幹線道路を中心にマップのデジタル化を行い、地図にない道を走った後でも高精度ジャイロとのマップマッチングにより再び復帰できる方式の開発を進めていった16。そして1990年には独自に製作したデジタル・マップCD-ROMを用い、その後利用が可能となったGPS航法を併用して、その後のスタンダードとなるナビゲーションシステムを完成した17

(3)ハイブリッド航法の開発

 1990年に軍事用人工衛星システムとして開発されたGPSが、一時的に民間でも利用可能となることが発表された。GPSによるナビゲーションシステムは、既に軍用として1970年代には確立されていたものであったが、その利用が条件付きなものであることや、民間で利用する際の更なるニーズに応えるために、我が国のカーナビメーカーは、その商品化のための技術開発を積極的に推進した。

 いち早くGPSに注目していた三菱電機は、1983年の東京モーターショーでGPS利用カーナビの提案を行い、続く1985年のモーターショウではそのプロトタイプを発表した。このシステムはGPSにより得られた測位情報と地図情報とのマップマッチング機能を有し、自車の位置をより高い精度で捉えることができるものであった。

 1990年になると、日本メーカによるGPS方式を用いたカーナビの商品化の動きは更に加速された。3月、船舶用GPS受信機で実績を有する日本無線が世界初の車載用GPS受信機(JLR-963)を完成した18。同年、マツダと三菱電機は世界初のGPS方式CCSを開発し、マツダの「ユーノスコスモ」に搭載して発売した19。CCSは、車載した地磁気センサ、車速センサなどを用いた慣性航法による位置情報をCD-ROM地図データと比較照合して誤差修正を行うマップマッチング機能に加え、GPSによる絶対位置推定を併用することにより、より高精度な位置情報を得る「ハイブリッド航法システム」である。軍事情報として意図的に精度がコントロールされるGPSでは、正確な位置情報を得ることが難しいものであったが、ジャイロセンサを含む慣性航法を併用することにより、その精度は一段と高いものとなった。さらに、トンネルや地下駐車場内でも確実に利用できることで、現在のカーナビの主流となっている。

(4)市販モデルの誕生と多機能化

 同じ年、パイオニアが市販型としては世界最初のGPS方式カーナビ「カロッツェリアAVIC-1」を発売した。これによりCCSと同じハイブリッド型システムが単独で入手可能となり、これ以降カーナビは急速に普及することとなった。さらに、今日のカーナビには不可欠のものとなっている音声により誘導するカーナビもトヨタ及びアイシン・エイ・ダブリュにより1991年に開発され、「セルシオ」に搭載された。

(5)カーナビの普及と社会的効果

 僅か200台程度で始まったといわれるカーナビの国内出荷台数は、2000年度には170万台、2013年度には580万台超にまで拡大した20。累積出荷台数も2002年度末で1000万台を突破し、2013年度末現在で6000万台を超えるまでになっている。

 カーナビ普及加速の背景には、1996年以降におけるVICS(Vehicle Information and Communication System)21による情報提供の開始が大きな役割を果たした。これは道路の渋滞情報等をVICS対応カーナビに送信することにより、運転時間の短縮、安全性の向上に役立てようとするもので、システム購入とともに利用が可能になるサービスである(図2にカーナビ、VICSユニット累計出荷台数を示す)。

 自動車ユーザーに対する調査22によれば、主に運転している車にカーナビを搭載している割合は63.1%と過半を超えているが、搭載予定としている割合が8.7%であることを考えれば、今後、更なる普及が期待される。

 カーナビは、自らのいる場所を特定し、目的地までの最適な経路を探索し、ドライバーを目的地まで効率的に誘導案内する機能を有する。それにより、見知らぬ土地でも安心して運転することができるものである。同時に利用可能なVICSについても、渋滞緩和による時間短縮効果、燃費効率のアップ、CO2排出削減などの社会的効果が確認されている23

図2 カーナビ、VICSユニット累計出荷台数

図2 カーナビ、VICSユニット累計出荷台数

出典:国土交通省資料より作成


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