公益社団法人発明協会

安定成長期

インバーターエアコン

イノベーションに至る経緯

(1)ヒートポンプシステムの進展

 熱を温度の低い部分からくみ上げ、温度の高い部分へ運ぶ「ヒートポンプ理論」は、1824年にフランスのサディ・カルノーが確立し、1852年に発表された英国ケルビン卿の論文「空気の流れを利用した建物の暖・冷房の経済性」により具体的利用の第一歩が踏み出された5。1930年に世界初のヒートポンプ装置が米国で商業化されてからわずか2年後、我が国でも初のヒートポンプ冷暖房装置が兵庫県の個人用住宅に設置され、さらに1937年には京都電燈本社(現 関西電力京都支店)に、当時世界最大規模のヒートポンプ式全館冷暖房装置が導入された6。この技術は、第二次世界大戦後にこのビルを接収したGHQの技術者を驚かせた画期的なものであった。

 初期のヒートポンプシステムは、多くがその熱源として地下水を用いていたことから、地下水の大量くみ上げによる地盤沈下問題が顕在化するとともに見直しが行われ、蓄熱槽や補助ヒータ等の補助熱源を用いるものに置き換えられていった。

 いちはやく戦後復興を成し遂げ、高度経済成長時代に入った日本経済は、1960年代に入ると大気汚染をはじめとする公害問題という新たな課題に直面することになり、それまでの化石燃料の燃焼に依存していた暖房システムも見直されることになる。加えて、1973年に勃発した石油危機は、エネルギーの更なる効率的利用を求めるものとなり、再び電気をそのままでは熱源として用いないヒートポンプシステムが注目されることとなる。このような状況のもとで、松下電器産業(現 パナソニック)は1978年に東京で開催された「‘78松下技術展」で、いちはやくインバーターエアコンの可能性を提案したが、この構想が直ちに商品化されることはなかった。

(2)インバーターエアコンの誕生

 初期のヒートポンプシステムが地下水、蓄熱槽、補助ヒータを用いていたことに示されるように、当時のヒートポンプシステムの成績係数(COP)は必ずしも高いものではなかった。また、温度調整がコンプレッサのオン/オフ運転で行われていたことから、その際のエネルギーロスも大きな課題であった。これらの解決のために、コンプレッサを連続して能力制御できるインバーター装置の適用を考えることは自然の流れでもあった。コンプレッサの動力源であるモーターは、電源の周波数を高めると回転数が上昇し、周波数を低くすれば回転数が下がるという性質を有している。この性質を用いて周波数を変えることができれば、コンプレッサの能力を自在にコントロールすることが可能となるが、当時のコンバータ装置はサイズ、重量ともに大きく、かつ高価なものであったことから、直ちに家庭用エアコンに適用するためには、解決すべき課題も少なくなかった。

 東芝のヒートポンプエアコンの開発は、比較的制約が少ない業務用エアコンから始められた。インバーターシステムに最大2kWの電力をスイッチングできる大電力トランジスタを採用し、これをマイクロコンピュータで制御する「正弦波近似パルス幅変調方式」が開発された。初めてのインバーター装置は、大きさをそれまでの6分の1に減容した。このインバータ装置を搭載した世界最初の業務用インバーターエアコンは、1980年10月に市場に投入された7

 業務用インバーターエアコンに続いて、東芝は直ちに家庭用インバーターエアコンの開発に着手した。家庭用の開発には、業務用で開発した技術だけでは解決できない様々な課題が残されていた。その一つが業務用以上の低コスト化と小型化の要請であった。また、様々な回転数に制御されるコンプレッサの問題も未解明のままであった。コンプレッサの回転数を上げると機構部の潤滑油が過剰に流れ出し、逆に回転数を下げると潤滑不良が発生するという事態が発生した。また、ローターの回転数が上昇すると弁の衝突の度合いが激しくなり、吐出弁が折れることや、ベーンが摩耗したり、異常音が発生したりする事態も発生した8

 この問題の解決のためには、大電力用トランジスタや、マイコン、ソフトウエアの技術が必要であり、東芝は全社の技術を結集してその開発を進めた。新たに交流100V仕様の家庭用エアコンを交流200V(後に240V)に変換してコンプレッサーに供給する「倍電圧整流方式」が採用され、小型化のために、コンプレッサとインバーター装置とを結ぶ回路をコンピュータ制御する「ジャイアントトランジスタ」が開発された。これにより、それまで50Hzあるいは60Hzのいずれかにより運転されていたコンプレッサが、負荷に応じて30Hzから90Hzまで連続的に変更可能となり、コンプレッサの回転数も変更可能となった。開発されたインバーター装置は、先に開発した業務用に比べても大幅に減容され、それまで不可能であった圧縮機の上部に配置することも可能となった。また、その他の冷凍サイクルにかかる課題も1981年9月までには解決し、世界初の家庭用インバーターエアコンが実現した9。開発されたエアコンは1982年に「木かげRAS-225PKHV」として発売された。

 東芝に続いて他の空調機器メーカーも次々とインバーターエアコンを開発し、その市場は急速に拡大した。

 その後もエアコンの省エネ化の要請がますます高まり、インバーターエアコンは更なる進化を続けた。日立製作所が1997年に発売したRAS-2510HXは、世界で初めてPAM制御方式(パルス電圧振幅波形制御方式)を採用したエアコンであった。それまでのインバーターエアコンは交流モーターを用い、定められた電圧の下でコントロールされるものが主流であったが、PAM制御では直流モーターを用い、電圧を調整可能としたことにより、モーターの力率10をそれまでの90%から99%にまでに引き上げた。この方式の実現により、省エネ性能が一気に高まるとともに、コンプレッサのモーターの回転数を大幅に高めることを可能としたことから、素早く冷房あるいは暖房することが可能となり、その普及を更に加速するものとなった。

(3)インバーターエアコン市場の拡大

 インバーターエアコンは、それまでのエアコンのイメージを変える機能を備えていた11。特に、運転開始時の冷房・暖房能力が向上したことから、目標室温までの到達時間を大幅に短縮し、あらかじめ設定した室温に近づくとその負荷に応じた能力に絞った運転が行われることから、省電力で高効率、かつ室温の変動の少ない冷房暖房を行うことが可能とした。また、外気温の低い冬期においても高回転運転により、これまでにない高い暖房能力が実現し、冷暖房型エアコンが利用できる地域及び利用できる時期を大きく拡大した。

 このことは、直ちにエアコン市場にも反映された。それまでのエアコンで主流をなしていた冷房機能エアコンの需要は伸び悩み、暖房機能と冷房機能の双方を備えた冷暖房兼用型エアコンへの需要が急激に増加した。更に、これらの機能が、利便性の高いエアコンの登場を期待していた潜在的エアコン利用者の需要を引き起こすことに成功し、インバーターエアコンの普及に寄与することになった。1982年までエアコン市場をリードしてきた冷房専用エアコンは、1983年にはヒートポンプ型エアコンに逆転され、2000年以降は更にその占める割合を減少している(図1 「家庭用ルームエアコンの国内出荷台数」参照)。

 冷暖房兼用型エアコンの市場拡大は、家庭用エアコン自体の普及も加速した。1980年に39%であったルームエアコン普及率(全世帯)は、2000年には90%に迫った(図2「ルームエアコンの普及率」参照)。

 家庭用エアコンの高効率化は、インバーター装置の導入だけで達成されたものではない。同時期に実現した冷却ファンの高効率化、熱交換器の性能向上、コンプレッサの改良なども大きく寄与した。また、消費者の性能向上ニーズが、メーカーの開発インセンティブとなり、急速な高効率化を達成させたとも考えられている12

図1 家庭用ルームエアコンの国内出荷台数

図1 家庭用ルームエアコンの国内出荷台数

(注1)会計年度ベース

(注2)冷暖房兼用は「ヒートポンプ」

出典:一般社団法人日本冷凍空調工業会資料

図2 ルームエアコンの普及率

図2 ルームエアコンの普及率

内閣府 消費動向調査「主要耐久消費財等の普及率(全世帯)」より作成

(4)インバーターエアコン技術の海外への普及

 我が国で急速に普及したインバーターエアコンも、海外では直ちには普及することはなかった。この結果、ヒートポンプのエネルギー消費効率を示すCOP(Coefficient of Performance)13についても、我が国が6.2 - 4.5を達成しているにもかかわらず、北米・欧州は3.8 - 2.2と低いレベルにとどまっていた。日本国特許庁による日・米・欧・中国・韓国に出願されたエアコンに関する特許動向の報告書によると、この地域で出願された出願の43.5%が日本国籍の出願人によるものとなっており、これに続く韓国籍、中国籍、欧州国籍を圧倒的に上回っている14。このことは、この分野で我が国が非常に大きな技術的優位性を持っていることを示すものである。

 21世紀に入るとともに、ヨーロッパやアジア新興国を中心として、ヒートポンプ技術に対する期待が急速に高まっている。欧州では2008年に欧州議会で採択された「再生可能エネルギー利用促進指令」において、空気熱利用のヒートポンプを重要な再生可能エネルギー利用技術と位置づけ、インバーター化への取り組みも急速に進んだ。世界市場の50%以上の需要を持つといわれる中国では、エアコンの規制見直しにより、大手メーカーが次々とインバーターエアコン生産へシフトしており、2013年にはエアコンのインバーター化率が51.6%に拡大した15。インドや東南アジアのエアコン市場も急速に拡大している。この中で我が国の強い技術競争力を持つインバーターエアコンが注目を集めている。それまで、国際的にその性能を正しく評価できる方法が確立されていなかったインバーターエアコンの評価方法について、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナム等のアジア諸国の協力を得て国際標準(ISO)に制定された。


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