公益社団法人発明協会

高度経済成長期

産業用ロボット

発明技術開発の概要

 1968年に米国から導入された産業用ロボットの技術は、1970年代以降、我が国産業の広範なユーザーの要求に応える形で、生産技術者により磨き上げられて発展してきた。産業用ロボットは数多くのセンサー、モーター、コンピューターおよびソフトウェア、エレクトロニクスなど多様な技術31が結集した総合的な製品であるが、節目ごとに生まれたいくつかの技術的なブレークスルーが今日の世界一のロボット大国日本を形成したのである。以下、主要な要素技術のブレークスルーについて整理する。

(1)DCサーボモーターとマイクロプロセッサーの登場

 1973年に発生した第一次石油危機が契機となって、日本の製造業は拡大路線から効率重視路線に転換した。当初、ロボットのアクチュエーターは小さな本体でパワーが大きい油圧・空圧方式が主流であったが、ロボット利用の拡大に伴い、ポンプ、バルブや配管などのスペースの必要性、配管などからの油・空気漏れの発生32、制御の不安定性33などが問題とされるようになった。そこで、安川電機などの電気メーカーが産業用ロボット用のDCサーボモーター開発に乗り出した34。当初モーターは自重に比してパワー不足であったが、次第に小型軽量化、高性能化が進み、ロボットの電動化に拍車をかけることとなる。

 ここに登場するのがスウェーデンASEA社による世界初のマイクロプロセッサー制御ロボットである。安川電機は同社の技術に感銘を受け、DCサーボモーターをマイクロプロセッサー制御するアーク溶接用ロボット「モートマンL-10」を開発、量産化に成功し35、産業用ロボットのマイクロプロセッサー化に先鞭をつけた。マイクロプロセッサーの登場により、ソフトウェアが産業用ロボットの機能を決定づける時代となり、低価格・超小型・高機能のマイクロプロセッサーを搭載したロボットの開発に向けてメーカーが凌ぎを削ることとなる。

(2)様々な要素技術の進歩

 「ロボット普及元年」といわれる1980年を起点として、産業用ロボットの市場は自動車産業を筆頭に、電子部品等の組立産業、物流、半導体産業のクリーンロボットなど広範な広がりを見せるようになった。多様な業種のユーザーからの要求はロボットメーカーの技術開発をより一層活発にし、様々な要素技術の進歩がもたらされた。

 第1にはサーボモーターがDCからACに進化したことにより、DCモーターでメンテナンスの課題であった電流を切り替える消耗品(ブラシ)が不要となったことがある36。第2にはロボット制御部に組み込まれたマイクロプロセッサー(CPU)が8、16、32ビットへと高性能化し、併せてメモリーも低価格・大容量化を遂げた。第3に、ロボット用のセンサーとしてモーターのシャフトに直結されて回転角や速度を検出するエンコーダーが、変位積算方式から絶対位置検出方式に進化した。これにより、再始動時にも原点復帰動作が不要となり、作業効率アップにつながった37

 その他、ロボットに搭載される精密減速機、歯車、ジョイント、ケーブル等の機械部品および実装技術の向上などは、日本におけるロボット産業を世界にも誇れる生産財産業へと引き上げるのに大きく貢献したのである。なお、1980年に山梨大学の牧野洋が生み出したSCARAロボットは、組立作業の分野で世界を席巻することになった。

(3)ロボットの小型・軽量化などによるコストダウンと専用品化の進展

バブルが崩壊した1990年代は産業用ロボット業界の転機となった。バブル時代の反省もあり、コストや効率性を重視してロボットを導入する分野を厳しく選別する動きが見られ、国内の設備投資需要は大きく落ち込んだ。ロボットメーカー各社も、製品の小型・軽量化によるコストダウンを意識した技術の開発に努めるとともに、ロボットの用途価値を再考することとなった38。1990年代に見られた代表的な動きを以下に整理する。

 まず、ロボットの小型・軽量化に大いに資することになる超小型軽量のACサーボモーターが開発されたことである。1992年、安川電機によって開発されたシグマモーターは重量を従来の3分の1にした製品で、これにより産業用ロボットの構造にも大きな革新がもたらされた。すなわち、ロボットの平行リンクをなくし、モーターを配した軽量アクチュエーターを関節に埋め込むリンクレス型多関節構造が生まれたのである39

 また、様々な作業用途があるなかで、ロボットに任せるのが最も効率的な作業工程をソフト面で再吟味して構築する、用途に特化したヒューマンインターフェース重視の専用機が開発されるようになった。こうした流れの事例としては、好調なIT需要に支えられて大型化する半導体用のシリコンウェハ、液晶・プラズマディスプレイパネルのガラス原板をクリーンルームで搬送する特殊なロボット40、複数のロボットが同期協調して高品質の溶接作業を行う「シンクロモーション」手法の開発などがある41


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