公益社団法人発明協会

高度経済成長期

電子式卓上計算機

発明技術開発の概要

 ここでは、シャープの各電卓に採用された技術概要について見ていこう。

 まず、トランジスタ(増幅又はスイッチ動作をさせる半導体素子)は日本で初めて演算装置に採用された半導体素子である。1964年、ゲルマニウムトランジスタを世界で初めて電卓に使用したのが、シャープのコンペットCS-10A、キヤノンのキヤノーラ130、ソニーのソバックス試作品MD-5の3機種であった。その後参入したカシオ、ビジコンなど主要メーカー各社もトランジスタを電卓の演算素子とした。なお、これらの電卓に使われたトランジスタの数は500~600個、ダイオード(整流作用を持つ電子素子)が1000~2000個という膨大なものであった。

 1965年には、安定したシリコントランジスタを採用したシャープのCS-20Aが発売された。このCS-20Aは表示演算桁数が14桁であり、表示はニキシー管を使用し、重さも16kgと軽量なもので、消費電力は35WとCS-10Aの3分の1まで下がっていた。

 1966年には、バイポーラトランジスタを同一基板上に集積したバイポーラICを採用して、性能の良さと小型化への初期段階としたシャープのCS-31Aが発売された。同機は表示演算14桁、バイポーラIC28個、トランジスタ553個、ダイオード1549個を搭載し、消費電力は25WとCS-20Aよりも更に低下させたものである。

 MOSトランジスタを同一基板上に集積させたのがMOS ICであるが、MOS ICは製法上、集積度を高めることが容易で大量生産しやすいため規模の経済効果が大きいものであった。シャープでは、1968年に同技術を搭載した電卓CS-16Aを発売する。同機は表示演算12桁、MOS ICを59個使用していた。また、表示にはニキシー管に代わり、伊勢電子工業によって電卓表示用に開発された緑色の蛍光表示管が採用されていた。消費電力は10Wを実現している。このMOS ICは開発後すぐに電卓の主力演算素子となり、他の電卓メーカーも直ちに製品に搭載するようになった。

 MOS ICの集積度を更に高めたものがLSIである。シャープは同技術を電卓用に使用しようとしたが、1960年代後半の国内のメーカーにはLSIを生産できる技術がなかったため、米ノースアメリカンロックウェル社が電卓用に生産することになった。1969年には、MOS LSIを搭載したマイクロコンペットQT-8Dがシャープによって発売される。同機は初めて個人の使用を意識した電卓で、表示演算8桁、表示は蛍光表示管、MOS LSIはわずかに4個に抑えられていた1

 なお、LSIの開発生産については半導体メーカーに依存していたため、半導体メーカーが仕入価格交渉に際し、強い主導権を握ってしまうことから、シャープは後にLSIの自社生産に踏み切ることになる。

 1972年になるとシャープは液晶技術の実用化研究に入る。それは、液晶表示が自発光ではなく受光表示であるため、消費電力の劇的な低減を可能にできるという狙いからであった。実用化研究では、液晶を表示装置に使うための最適な液晶成分の探索や、厚さ0.5mmほどの2枚のガラスの100分の1mmの隙間に液晶を挟み込む緻密な作業や、それを電気的に制御する技術等々、その研究開発は数多くの課題を抱えていた。

 しかし、シャープは数多くの課題を解決し、1973年6月には世界初の液晶表示を備えた液晶表示電卓EL-805の発売に至る。同機の演算素子にはCMOS LSIを使用しており、表示演算は8 桁であった。また、液晶はコレステリックタイプであり、電気を流すと液晶分子が散乱して光を遮り表示する方式を採用していた。駆動時間は単三型乾電池1本で連続100時間であり、消費電力はわずかに0.02Wであった。さらに、この電卓に採用された基板技術で初のCOSを実現している。これは1枚のガラス基板に電卓の全機能を集積実装するというものであった2

 

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